本音が建前を押し潰す




哀れな姫君。
秀でている能力は特になく、武術にも話術にも才能無し。
それなのに当主であった祖父が死に、そのお抱えの忍をそのまま引き継ぐこととなった。
祖父が残していった膨大な未払い金を、回収されるだけの存在。


「小太郎さん」


俺の差し出した請求額を見て、姫は目を真ん丸く見開く。
両手でしっかりと握り締めた請求書から上がった目は、大きな焦りと不安を滲ませていた。
今まで政治の話や金の話などとは無関係だったただの姫だ、法外な額にさぞ驚いたことだろう。


「本当に、お爺様はこれほどの額を未払いに……?」


借金を押し付けさっさと死んでしまった彼女の祖父。
そして現在闘病中でこの小田原城を留守にしている彼女の父。
当主の突然の死に慌てふためくばかりの家臣たち。
全くもって北条の男共は頼りがいのない奴ばかりだ。


「……そう、ですか」


こくりとひとつ頷いた俺を見て、眉を八の字に困り顔をする姫。
返す当などないだろう。
あったらあの爺は死んでいないのだから。


「あの小太郎さん」


意を決したように、だけどどこか頼りない光を宿した姫の瞳。
俺はいつものように黙ってそれを見ていると、やがてゆっくりと姫の唇が動き出す。


「はっきりと申し上げます。……こんな大金、今の北条には返せません」


わかっている。


「本当にごめんなさい!いつまでかかっても必ずお返しします!ですから……」


わかっていながら、お前に肩代わりを申しつけた。


「ですから……どうか、どうか……」


深く深く、畳に頭を押し下げた姫。
膝を突きその頭を軽く撫でると、びくりと分かりやすく姫の肩が跳ねる。
かまいもせずその長く綺麗な髪を一房手にとると、闇夜に溶けてしまいそうな黒に思わずため息が出てしまいそうになる。


「こ、小太郎さん……?」


戸惑ったようにあげられた顔に、少し潤んだその瞳に、我慢がきかなくなって、俺はその場に姫を組み敷いた。
開けっ放しの襖から入るわずかな月光が、かろうじて手元を照らしている。


「!?」


突然のことに驚いたのか、声も出せずにいるその艶やかな唇。
いつか、いつか触れたいと願い続けてきた、この肌に、やっと触れることが出来る。


「……っ」


両手をひとつにまとめ拘束すれば、姫は自分がどうなるか理解したようで、とたんに抵抗をやめた。
その瞳は、“これで全てが済むのならば”というある種の諦めを湛えているようにも見えた。

哀れな姫君。
何のとりえもないが、平凡に幸せに暮すことはできただろうに。

あのとき俺に、声なんてかけていなければ。




本音が建前を押し潰す
(やっと……やっと、手に入る)
(11.03.08)


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