報酬の押し売り




その夜、わたしは煌びやかに着飾らせられていた。
引きずるほど長いドレスはずっしりと重く、コルセットの巻かれた腰は嫌でもピンと真っ直ぐになる。
髪もいつものだらしなさからは想像もつかないくらい綺麗に結い上げられていて、豪華な髪飾りは本当に似合っているのだろうかと逆に申し訳ない気持ちになった。
滅多につけることの無いネックレスやイヤリングまで装着されている。

そんな全て着飾り整えたわたしの姿を見て、ガイアはうんうんと満足げに頷いた。


「うん、やっぱり似合うな」
「そ、そう……?」


そう言いながら不安げに姿見を覗いてみると、徐々に胸が高揚してくる。
ちょろんとドレスの裾をもちあげて、淑女らしい挨拶の見真似なんてしてみては、少しだけ自分がお姫様になったような錯覚に陥った。

わたしは今日、クロム主催のイーリス聖王国を挙げた夜会に出席する。
最初はとてもじゃないが気が引けたし断ろうとも思ったけれど、クロムが“お前なしじゃ始まらない”なんて言ってくれるからもう行くしかない。
忌まわしい戦争も終わり、これは一種の平和を取り戻した象徴なんだって。


「何から何まで、本当にありがとうね」
「いいや、気にするな。これくらいは余裕だ」


夜会への出席を決めたはいいがドレスやその他諸々のことで頼るあてが無かったわたしは、真っ先にガイアに泣きついた。
ガイア自身は出席する気がないと言っていたので頼るのもどうかと思ったが、ガイアは二つ返事でOKしてくれた。

そして、ドレスやアクセサリーなどあっという間に手配してくれ、おまけに着替えや髪のセットまでしてくれたのだ。
いくら気の置けない仲間だからといって、ドレスを着るのを手伝ってもらうということに抵抗がなかったわけじゃないが、ものすごく手際がいいので文句を言う隙が無かった。
そして今、姿見に映る自分の姿を見て、やっぱりガイアを頼ってよかったと心底思う。


「じゃあ……わたし、そろそろ行くね」
「……あ、ああ」


振り返って軽くお辞儀をすると、ガイアは照れたように頭をかいた。

さあ、今日はわたしの家まで馬車の迎えが来てくれるそうだから、そろそろ家に帰らないと。
ガイアの家を後にしようと玄関まで来て、わたしは固まった。
というよりも、次にすべき行動がとれなかった。

……靴が、無い……?


「……えっと……あれ?」


そういえばわたし、ドレスやアクセサリーの手配はしてもらったけれど、すっかり靴のことを忘れていた。
正装するなら靴だってそれなりのものを履かなくちゃいけないのに。
……いやでも、それ以前に……。


(ここまで履いてきた靴が、ない)


一人住まいのガイアの家は、そんなに広くない。
玄関には靴棚と呼ばれるような収納スペースなんてなく、一見すれば、わたしの靴が消えてしまったようだった。
慌てて振り返ると、すぐ近くにガイアの顔。


「!?ひゃっ、」


驚いて叫びそうになったところを急に抱きしめられて、おかしな声が出る。
それはコルセットに比べれば優しい締め付けだったけれど、有無を言わさぬ力強さがあった。
肩口に埋められたガイアの鼻先が深く息を吸い込むから、体のにおいを嗅がれたような感じがして、一瞬逃げたいくらい恥ずかしくなる。
身じろぎをすればガイアの胸板に手が当たり、その硬さにまた怯んで動けなくなる。

な、なにこれ……一体どういう状況なの、これ……。


「……なあ、俺が前に言ったこと、覚えてるか?」
「え?」


一人で動揺するわたしに、ガイアは静かに話し始めた。
未だに鼻先は肩口に押し付けられていて、ガイアが喋るたびにわたしの鎖骨あたりにその唇が触れる。


「今まで報酬もらって要求きいて、っていう付き合いばっかしてきたって話」
「……覚えてるよ」
「まあとにかくそういう訳だからさ、俺……自分が何か要求するときも、相手には報酬が必要だとか考えちまうんだよな」
「……う、ん?」


ガイアの言わんとしていることがいまいち理解できず、抱きしめられたままオレンジ色の側頭部を見つめる。
腰に回る腕に、少しだけ力が入る。
鎖骨に触れていた唇が、ゆっくりと首筋を辿って耳元で止まった。


「……お前を、抱きたい」


ささやかれた言葉は酷く単純明快で。
それだけに強い攻撃力を秘めていた。
それは鈍器のようにわたしの頭をガンガンと殴りつけ、わたしは目の奥が白くチカチカとしたのを見た。

今……何て……?


「魔道書でも服でも何でも買ってやる。首飾りや菓子だっていくらでも作ってやる。お前が望むこと、望まないことも、全部与えてやる。だから引き換えに……、お前のこと、好きにさせてくれ」


小説や劇なんかでそれを聞いたなら、わたしはクサイ台詞と笑い飛ばしたかもしれない。
それは妙に芝居がかっていて、所謂くどき文句みたいなものだろうから。
だけどわたしは、笑えない。
だって向けられたガイアの顔はあまりにも真剣で、これはくどき文句などではなく傲慢な宣言なのだと気づいてしまったから。

唇がふさがれて、ガイアの手がコルセットの紐に伸びる。
着飾らせられたわたしは、同じ男の手によってこれからその逆の工程を辿るのだということは、安易に想像できた。




報酬の押し売り
(甘い甘い甘い甘い……グラムの身体……甘すぎて頭が変になりそうだ)
(13.01.10)


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