さよなら










「さよなら。」

 ぽつりと呟いた言葉。君は涙を目一杯に溜めて、何かを言いかけた。
 でもその何かを聞く前に、僕は君の前から消えた。



 これでいい。これでいいんだ。




 僕は演技をしていた。
 君の彼氏の役を演じていた。
 思ってもいない甘い台詞を囁いて、君の仕草に心をときめかせるフリをしていたんだ。

「私は、私は…拓と付き合えて良かった。」

 背後から聞こえる彼女の声。それは少し震えていた。

「僕も、亜紀と付き合えて良かった。」

 振り返らずにそう言った。歩みは止めなかった。



 さよなら、僕の大切な人。

 僕の心に芽生えていたのはきっと愛ではないけれど。



 さよなら、大切な人。
 
 





 
***





 
 
 
「拓…あの、あのね…。」

 放課後の校門で、君に呼びとめられた。夕日より真っ赤に染まった君の顔。

「私、拓の事好きなのっ…!」
 
 止まる時間。2人の間に流れる沈黙。

「もし、もし拓が良ければ…付き合ってほしいの…。」
 
 
 
 どうしてあの時断らなかったんだろう。

 「僕、男の人しか好きになれないんだ。」そう言ってしまえたらどんなに楽だったか。

 どうして断り切れなかったんだろう。

「いいよ。」

 そう言った時の君の嬉しそうな顔を、あんなに辛く感じたのに。
 
 
 
 
 
 
 それから僕たちは付き合う事になった。

 普通の恋人らしくデートしたし、お互いの家に遊びに行ったりもした。
 もしかしたら、女の子を好きになれるかもしれないって思ったんだ。
 そうすれば、今まで感じていた辛い思いをもうしなくて済む。
 みんなと違う、自分だけが周りと異質なものだと感じなくて済む。
 そんな考えで、僕は君との"恋人ごっこ"を続けた。

 でも、どうしても駄目だった。

 君の事を愛する事は出来なかった。

「ねぇ拓…。」
「んー?」

 呼ばれて振り向く。

 見つめ合う僕等。止まる会話。

 鈍感な僕でもそれが何を意味するのかは分かった。

「あ…あぁ…。えいっ!」

 軽くおでこを突っついて笑ってごまかした。

「いたっ…ひどーいっ!」

 笑う君。少し残念そうに、でも楽しそうに笑っていた。
 
 
 
 駄目だった。

 軽くキスするだけ。今まで彼氏を演じていたんだからそんなもの簡単にできる。

 そう思っていた。

 でも出来なかった。怖かった。

 愛の無いその行為にこれほど恐怖を覚えるなんて思わなかった。
 心臓が嫌な音をたてて高鳴り、気持ち悪い汗が背中を濡らす。

 やっぱり女の子を好きになる事は出来なかった。
 






 
 
***
 






 
 
『別れて欲しい』

 携帯の画面に映る文字。昨日のメール。

 唐突に僕が送った。

 君の返事は随分と時間が経ってから来た。

『やだ』
『ごめん』
『やだ』
『ごめん』
『なんで?』
『ごめん』

 このまま付き合っていたらきっといつか君を傷つける。

 僕が君の事を好きではないと知った時、君はきっとすごく傷つく。

 そうなる前に、僕の気持ちが知れてしまう前に、君にさよならを告げた。
 
 
 
 結局はもっともらしい事を言って、自分が傷つくのを恐れていただけなんだ。

 君のためとか言って、本当は僕のためだった。
 君を好きになれないままこの関係を続けるのが辛かった。
 
 
 
 でも、でもさ。

 君にさよならを言った時、胸が凄く苦しくなった。
 君の事、好きになってないはずなのに。

 何故か、泣きたくなったんだ。



 さよなら、僕の大切な人。



 自分勝手な奴でごめん。
 ずっと騙していてごめん。
 泣かせてごめん。
 
 

 
 さよなら、僕の大切な人。






-END-






女の子を好きになれたら、楽だったのにね。





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