「今日他に誰が来んの。」
「え、2人じゃ駄目か?」
「嫌だよ盛り上がらないじゃん嫌だよ。」

 僕がそう言うと、辻岡は渋々(そう見えた)他のクラスメイトにも声を掛けた。

 結局放課後になった時にはカラオケに8人もの男子(ここ重要。男子校でもないのに。)が参加する事になり、皆暇なんだなと内心呆れた。

 お前等、部活はどうした。部活は。



「ひびきっち!」
「ち、とかつけんなきしょい。」
「酷い!」

 今僕の名前を呼んだきしょいのは笹谷。
 こっちも初対面の時から僕の事を"ひびきっち"なんて呼び始めた無礼な奴だ。何なんだ。高校生ってみんなこうなのか。僕も高校生だけどさ。

「なんだよ〜、テンション低いなぁ。」
「何が楽しくて野郎ばっかでカラオケなんか…」
「あれ、意外。ひびきっちそんな事言うタイプなんだ。」

 ジッと睨むと「ひびきっちそんなのにあんまり興味ないかと思って〜」なんて、悪びれもせずに言う。

 別に男子だらけが嫌って訳じゃあないけど、どうせなら女子も居た方が楽しいじゃないか。
 それに僕は男なんだ。女子に興味あって悪いか、ばか笹谷!……なんて悪態は心の中に閉まっておく。


 季節は夏、只今の気温34度。


 僕達8人はだらだらと滲み出る汗を拭いながら、学校から一番近いカラオケBOXがある商店街へ向かっていた。
 漫画だったら蝉の鳴き声で1ページが埋まってしまうんじゃないかと思う位、学校の外は騒がしい。
 忙しく横を通り過ぎていくカラフルな自動車達の放つ熱気も相まって、今日の気温はいつもよりも一層高く感じる。

 目的地まではあと少しだ。あと少し歩けば、クーラーがガンガン効いた涼しい部屋に倒れこめる。

 最早僕の目的は"歌う事"から"涼みに行く事"に変わってしまっていたけど、それはそれで別に良い。
 元々そんなに歌うつもりじゃなかったし。


 額から滴る何度目か分からない水滴を手の甲で拭った時、ヒュッと風が吹いた気がした。
 正確に言うと、急に出来た影に日光を遮られて、それまで感じれなかった風が肌を撫でる感触を改めて感じたのだ。
 この通りは街路樹も何もなくて影なんて出来るはずないのに。そう思って顔をあげると、僕と同じように額に汗の粒を光らせた辻岡が僕の隣を歩いていた。

「響、お前タオル持ってねぇのか?」
「僕は辻岡と違って部活やってないんだ。体育でもなきゃタオルなんて持ってこないよ。」
「そのままだと風邪引くぞ。」
「しょーがないだろ、どーしようも…」

 言い終える前に、僕の視界は真っ暗になった。
 
 辻岡の無駄にでかい手が、僕の顔をタオルごと押さえてガシガシ動かしている。

「ちょっ、痛い痛い辻岡いたいばか」
「うっせーイガグリドチビ。」

 あまりにガサツな動きだったので、僕は半ば涙目で抗議した。

「カラオケ着くまでにはちゃんと汗拭いておけよ。」 

 辻岡は僕がどれだけ痛がったのかなんて素知らぬ風で僕の隣を歩く。


 気付けば他の6人は大分前を歩いていた。
 暑さにやられてぼーっとしている内に置いて行かれたらしい。

「なんで辻岡ここにいるのさ。笹谷達は随分前にいるけど。」
「なんでって…気付いたらお前いねーしどっかでぶっ倒れたのかと思って心配してたんだぞ俺ぁ。」

 心配する、なんてこの年になって言われる言葉でも無いだろうに。

「余計なお世話だ。」
「かっわいくねーの。」

 辻岡はまるで大人が子供の頭を撫でるみたいにぐしゃぐしゃと僕の頭を撫でた。



 ほら、まただ。
 今みたいに撫でたり、イガグリとか言ったり。

 そんなに身長差ないんだからな!
 
 …そんな悪態もやっぱり心の中に閉まって、僕はありがたく辻岡のタオルで体を拭いた。
 じっとりと濡れて気持ち悪かった体が、水分を拭きとられて乾いていくのが分かる。
 汗には体温を下げる効果があるとかなんとか言うけど、気持ち悪いのは気持ち悪い。


 カラリと乾いたタオルの感触が心地良かった。









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