「……やぁ。」
「おっさん、………いい?」
「…あぁ、もちろん。」
いつからだろう。
彼がこの部屋に来るようになったのは。
薄幸
「…また細くなったんじゃないか?」
「気のせいだよ。」
「…そうか。」
上着を脱ぎ捨てた彼の上半身を撫でる。
手のひらで感じる彼の肌の感触は、同年代の子供達よりも多少骨張っていた。
暗闇に光る彼の瞳が、こちらを窺うように揺れている。
「…おっさん。」
元々部屋は暗かったのだけれど、更に視界が黒くなった。
肩に掛る圧と、小さい呼吸。
どうやら押し倒されたらしい私は、特に抵抗する事も無く彼の行為を受け入れた。
私のよりも遥かに小さな彼の手がたどたどしく肌の上を動くのは、くすぐったいが気持ち良い。
髪を掻くように頭を撫でてやると、猫が鳴くように彼は喉を鳴らした。
外は雨が降っているのだろうか。
時計の針はどちらも数字の2を指しているのに、ざわざわと騒がしかった。
…いや、ざわざわと騒がしいのは私の心臓なのかもしれない。
慣れたはずのこの行為。
決まっていつも、行為の前はこんな胸騒ぎがする。
もう性的な行為に恥じらいや期待を持つような歳でもない。なのになんだろう、この胸のざわめきは。
彼の手は私の上半身から下半身に移っていた。
幼いながらも少しは小慣れてきたのであろう手淫に、私の半身は簡単に反応した。
「おっさん、俺のも…」
そう言って彼は股間を私の太股に擦りつける。
布越しでも分かる位に勃起した彼の半身は、とても熱い。
「っう……んん……」
撫でてやると、彼は気持ち良さそうに声を漏らした。
本能とは凄いものだ。教えてもいないのに、彼は初めての時も自ら腰を振って快感を得ようとしていた。
今も同じだ。
私の手の動きに合わせて、ゆらゆら腰が揺れている。
赤く染まった彼の頬。
その近くにあった擦り傷は、何故だか映えて綺麗に見えた。
そっと尻の方に手を回すと、彼に制止される。
「…だめ。」
「…すまない。」
亀頭の付け根をこりこり刺激してやると、私の腕を掴む彼の手に力が入った。
呼吸が少しずつ速くなって、目がとろんとしている。
少し強く擦ってやると、彼はビクンと体を震わせて呆気なく果てた。
ズボンも下着も穿いたままだ。
「洗わないと、乾いて大変だぞ。」
無言のまま私の胸に突っ伏して動かない彼に声を掛けた頃には、すぅ、と小さな寝息を立て始めていた。
最後まではしない事。
彼女ができたらもうここには来ない事。
ある日突然やってきた彼は、そう言って私と関係を持った。
関係、と言うには大袈裟かもしれない、この繋がりを。
私の住んでいるアパートの、隣の部屋に住んでいる彼は、なんというか、荒んでいた。
見た目や行動ではなく、心が。
年齢に見合わない程大人びているのはそのせいなのだろうか。
時折見せるどこでもない"どこか"を見つめている彼の表情は、私の心を酷く揺さぶった。
「それじゃあ、また来るよ。」
そう言って彼が部屋を出て行ったのは、夜中の4時を過ぎた頃だった。
もうすぐ夜が明ける。
また来るという彼の言葉に、ちらりと灯る私の心。
そんなもので小躍りするような歳でもあるまいし。どうしてしまったのだ、私は。
その後も私と彼の関係は変わらなかった。
彼は小学校を卒業して、中学校も卒業して、高校生になっていた。
「じゃあ、また来るよ。」
そう言って部屋を出た、彼の背中。
いつの間にか男らしくなったものだ。子供などいないが、きっとこれが親の気持ちというものなのだろうか。
いつもこの時間に来ていたのに、彼は来なかった。
別に約束などしている訳ではない。でも決まってこの時間、時計の針がどちらも数字の2を指す頃、彼はこの部屋を訪れた。
彼が居ても居なくても生活は変わらないと思っていたが、どうやら長い時間の果てに彼の存在は私の中で大分大きなものとなっていたらしい。
はじめて彼に会いたいと思った。
そうして年甲斐も無い恋心に気付いたのは、彼が部屋を訪れなくなった5年目の春だった。
-END-
年齢を重ねると毎日がすごく早く、淡々と過ぎていって、子供の頃に感じていたような恋心というものを、あまり感じなくなってきているような気がします。
思春期の多感な時期が、時折物凄く懐かしく感じて、戻りたくなります。
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