会いたい










 あー、かったるい。
 




 時針が0時を越えた。
 
 カチカチと返事のメールを送信して、溜息を零した。

 ざわざわと木々を唸らせた生ぬるい風が、じっとりと肌を撫でる。
 夏真っ盛りのこの時期の風は、お世辞にも涼しいとは言えない。湿気を含んだ気持ちの悪い空気が嫌だった。

 少しでも涼をとろうと半ズボンにタンクトップ姿となってはいるものの、その効果は全く見られない。

 本当ならこんな時間、寝ているはずなのに。
 いちいちこの蒸し暑さにイライラせずにすんだのに。

 それもこれも全部あいつのせいだ。

 閉じた携帯を開くと、そこに表示されていたのはあいつのメール。

『わりぃ、今日行けねぇわ(>人<)』

 …なんだよそれ。顔文字なんて使っても可愛くねぇよ。

 メールの受信時刻は23時40分。
 ただでさえ待ち合わせ時間を40分も過ぎておいて、このメールだ。

 目の前にいたら一発殴ってやらないと気が済まない。ていうか次会ったら殴る。



 本当なら俺はこんな事されたらブチ切れる人間だ。

 世間一般から俺を見た時に貼られるレッテルは間違いなく「不良」。素行も悪いし、見た目もお世辞にも爽やか好青年なんて言えない。
 小さく開いたピアスの穴と、鮮やかに染められた金色の頭がそれを助長している。

 本当はこんな格好したくないんです、なんてことは無く、自分自身そんな人間だと分かって行動しているし、そういう格好をしている。
 これが誰かの影響だというのなら、それは多分、間違いなくあいつだ。

 この俺にドタキャンを喰らわしたあいつ。佐古。

 下の名前なんて覚えてない。初めて会ったのは中学に入学した時で、その時佐古と呼んで以来名字でしか呼んでいないから。
 別に名前を呼ぶ必要なんて無かったし、そんなに仲良くなるとも思っていなかった。

 中学に入学したての俺はまだ純粋で、自分が不良と呼ばれる類の輩になるなんて夢にも思っていなかった。
 そんな俺の隣の席になった佐古は、中学に入学した時点で立派な"不良"だった。
 隣に柄の悪い見知らぬ奴が座っている恐怖といったら、その時の俺にはとても堪えれるようなものじゃなかった。泣きたくて逃げ出したくてしょうがなかったけど、話してみると実は佐古はいい奴だった。










***










「せんさい?…あぁ、ちとせって読むのか、これ。」

 俺の机に貼ってあった名前シールをまじまじと見ながら、佐古は呟いた。

 まさか話しかけられるなんて思っていなかった俺は、なっさけない声を上げて盛大に驚いてしまった。
 
 佐古は訝しむような顔をした(怖くて見れなかったけど多分していた)けど、すぐに顔を緩めて話を続けた。

「珍しい名前だな。よろしくな、千歳。」

 さらっと差し出された手に一瞬びくっと体が跳ねたけど、握手をしないと殴られるとかそんな事しか考えられなくて、俺はぐるぐるする頭を必死に落ち着かせて手を握り返した。













「千歳、ペン貸して。」

「千歳、宿題見せろ。」

「千歳、放課後暇か?」


「――秋、今日放課後ゲーセン行こうぜ。」




 いつのまにか佐古に下の名前で呼ばれるようになった。
 はっと気づいたのは中2の冬だったけど、思い返せば大分前から名前で呼ばれていた気がする。

 あき、と佐古の唇が自分の名の形を作る。
 
 ただそれだけなのに嬉しい自分が居て。こいつとは一生関わらないなんて思っていたのが嘘のように、俺達は毎日つるむようになっていた。
 不意に掴まれた腕が熱くなって、心臓が何故かドキドキし始める。

 この気持ちを何と呼ぶのか、それは多分知っていたけど、気付かないフリをした。

 それを認めてしまったら、色々なものが崩れてしまう。
 たとえば佐古の笑顔だったり、何気ない毎日だったり、佐古の隣が俺の居場所である事だったり。

 
  
 思春期らしく佐古でヌいたりもした。
 想像で出てくる佐古は現実と同じように少し皮肉屋で、優しかった。
 あの大きな手で体中を撫でまわされて、キスされて、抱きしめられたらどんなに幸せだろう。
 そんな事を考えながら、俺は想像上の佐古に口では言えないような事をされまくってイッた。

 手に付いた白濁の液を見て我に帰る。
 それから自己嫌悪して、次の日は佐古の顔を見辛くなる。

 
 そんな日々は胸が苦しくなるほど切ない気持ちになったけど、それを上回る位楽しかった。

 たった15年ぽっちしか生きていないけど、人生で一番楽しいと思えた。











***










 まじクソ野郎だあいつ。佐古のバカヤローバカヤローバカヤロー。

 ぶつぶつと佐古への文句を呟いて20分。

 さっさと帰れば良かったのに、それもなんだか佐古に振り回されてる気がして嫌で、しょうがないから一度も言った事の無い公園で時間を潰していた。

 いつも佐古は自分勝手だ。俺の都合なんて考えてなくて、いつも自分の思い通りになると思ってやがる。

 俺は佐古と対等になりたいのに。

 だから髪も染めた。耳に穴も開けた。
 佐古が頭の不良のグループにも入った。

 少しでも佐古に近付きたくて、少しでも佐古と一緒に居たくて、俺は望んでその世界に入った。

 片方だけに付けられたピアスを弄る。

『片方、やるよ。』

 まだピアスの穴を開けていなかった頃に佐古にいきなり渡された、黒いピアス。
 耳に針を通すなんて死ぬほど嫌だったけど、佐古とおそろい、なんて事にテンションが上がって、俺は躊躇なく穴を開けた。

「…佐古のバーカ。」

 何度目か分からない文句を口にして、俺は顔を上げた。

 しばらく俯いたままぼーっとしていたから気付かなかったけど、良く見るとちらほらと人影が見える。
 1人2人なら別に気にしなかったけど、結構、居る。
 
 こんな時間に、公園に用があるやつなんてそうそう居るものだろうか。

 しかも男ばかり。若い奴らも居るけど、おっさんとかも結構いた。

 もしかしてここ、族か他のグループの溜まり場なのか?
 だとしたらまずい。

 俺は佐古のグループのメンバーだ。
 もし喧嘩した事のある他のグループの奴らに見つかって絡まれたら、面倒臭い。

 さっさと帰ろう。

 そう思ってベンチから腰を上げようとした時、肩をポンと叩かれた。

 誰かと思って振り向けば、そこには、

「こいつ、佐古のとこの奴じゃん。」

 今まさにまずいと思っていた事が、当たってしまったようだった。











「はなっ、せ、うぐっ…!」

 ゴスンと腹に一発入れられて、騒ぐ力が飛んでいく。

 俺の肩に手を置いたロン毛野郎と、それからもう1人体格のいいゴリラみたいな奴。そいつら2人が俺を担ぎ上げて、公園の高台の方へ向かっていた。

「って、めぇ…離せっ!ぶっとばすぞ!」
「はいはーい。できるもんならねー。」

 2人がかりで器用に手を縛られてしまった俺は、担ぎあげられた肩の上でじたばたもがくしか出来なかった。

 常日頃恨んでいる事だけど、身長の無さを俺はいつにも増して強く恨んだ。

 中3にもなるのに150pしかない身長では、生み出すパワーも限りがある。まして相手は体格の良い不良2人組。勝てる見込みはさらさら無かった。
 
「でもまさか君もこっちの気があったとはねー。」

 高台にある矢倉みたいな建物に運ばれた後、ロン毛野郎が俺の顔を掴みながら笑った。

「何回か佐古のグループとは喧嘩して君の事も見た事あったけど、全然気付かなかったなぁ。」

 何言ってんだこいつ。

「まぁ、いつもは敵だけど、今日は仲良くしようよ。」

 そう言って、そいつは、俺に、キス、をした。

「…っ!?!?!?」

 訳分かんなくて身を捩ると、ゴリラが俺の身体をがっしりと抑えて動けないようにした。
 ロン毛の舌が口の中に入ってきて、にゅるりと歯列をなぞる。

 気持ち悪くて、気持ち悪くて、俺はその舌を噛んだ。

「っ!…ってぇな。何すんだよ。」
「それはこっちの台詞だ!いきなり…このクソ変態が!」

 出せる限りの迫力を出して罵声を吐いたけど、ロン毛はそれを鼻で笑った。

「変態って…別に君も同類でしょ、ここに居たんだから。」
「意味分かんねぇ!なんだよ、ここに何かあるのかよ!」
「とぼけるなよ。」

 ロン毛の手が俺の耳をぎりっと抓った。
 痛みで体が熱くなったけど、それ以上に熱くなったのは、

「ピアス…触んな…!」

 汚い手でこれに触れんな。

 これは俺の、俺の…。

「ハッテン場で、片耳だけピアス開けて、肌露出してるとか、どう見ても誘ってるとしか思えないでしょ。何?こんだけやってとぼける気?」
「は…?」

 ハッテン場?

 聞き覚えの無い単語。ロン毛が何を言っているのか分からなかったけど、これから何をされるのかは分かった。

「あんまり暴れんなよ。気持ち良くしてやるから。」

 するりと俺の股間をなぞる指。ニタリと歪んだその顔が、とても恐ろしく見えた。



















「…っあ、っひ、や…ぁ!やめっ…あぁっ!」

 グチュグチュといやらしい水音が結合部から鳴り響く。
 上半身をゴリラに抑えられて、下半身を散々ロン毛に弄られた後、ケツの穴にロン毛のチンポを突っ込まれた。

 経験した事の無い圧迫感が下腹部を襲う。
 内臓を丸ごと掻き回されるような、言いようの無い異物感が体を支配する。
 ゴリラの勃起したチンポが俺の頬をグイグイついて気持ち悪かった。

「やめろ、やめっ…ぅあ!」

 必死の抵抗もまるで無意味で、身を捩る事すら抵抗にならなくて。

 ガツガツと突き上げるロン毛の腰使いが、俺の頭を痺れさせた。

「結局はこれがしたかったんでしょ?相手が敵チームだと嫌かもしんないけどさ。別にそんなん気にしないでもさ。」

 ぐいっ、と深く突き上げられて、ロン毛はぶるっと体を震わせた。
 中に熱い何かが広がって、じんわりと意識を溶かしていく。それが何かなんて、考えたくなかった。

「可愛い顔できんじゃん。」

 吸いつくようにされたキスにも抵抗できずに、俺はただ舌を絡めた。
 口の端から垂れたよだれが鎖骨の辺りを濡らして、汗と混じって気持ち悪い。

「めっちゃ気持ち良かったよ。」

 2、3度頭を撫でられた後、体をぐるっと回された。

「じゃあ次は俺の番だな。」

 ゴリラが鼻息を荒くして、俺に突っ込んだ。

 ひゅっ、と息を飲む音はしたけど、声は出なかった。
 代わりに涙が栓を外したように溢れて、止まらなかった。

「うわ、泣いてるよ。かわいー。」
「なんかこれじゃあレイプしてるみたいじゃねぇか。」

 ははは、と男達の乾いた笑い声が響く。

 俺はただ腰をがつがつと揺すられる。何も考えられなかった。何も。







 


 結局俺はあの後何度も輪姦された。

 普通の体位では足りなかったらしく、様々な体位でヤられた。
 あいつらは俺の中に、外に、何度も何度も射精したけど、俺は結局1度もイかなかった。

 直接性器を扱かれて、少し熱を持ったりもしたけど、あいつらの下卑た笑い声ですぐに萎えた。

 


「じゃーね。えーと…あぁ、そういえば名前も知らないでヤッちゃったね。」

 全裸で体液まみれの俺の体を拭う事もなく、あいつらは笑って去って行った。

 「次の喧嘩が楽しみだなぁ。」なんて言いながら。



 
 

 ざわざわと木々を揺らす風が、投げ出された体をなぞる。

 あんなに熱かった体も精液も、今はすっかり冷えて氷のように感じた。

 
 とりあえず、体、拭かなきゃ…。

 
 不思議とコトの最中に流れていた涙は出なかった。
 出尽くして枯れてしまったのだろうか。それを考える事すらもう面倒だった。

 矢倉の下には都合良く水道があった。周りに人影も見えなかったので、俺は全裸のまま矢倉から出て体を濯いだ。

 しゃがんで顔を洗おうとした時、ゴポッという音と共に、お尻に違和感を感じた。
 そろっと手を当てると、ぬちゃっとした感触。あいつらの精液が屈んだ弾みで外に出てしまっていた。

 俺は何も考えずに指を突っ込んで、中に溜まった精液を掻き出した。

 あいつらの事なんて考えたくない。何も、何も、何も。

 体に付いた精液も、中に残っている精液も、頭に残る笑い声も、あいつらを思い出すもの全て、全部、要らない。

 



 無表情のまま体を流して、矢倉に戻った。

 矢倉にはまだ行為の名残がいくつも残っていて、この場所に居る事が嫌だった。
 精液の生々しい臭いが鼻を突いて、吐きそうだ。

 手早く服を着て、俺は矢倉を後にした。


 家に帰ろう。

 帰って、寝て、全部夢にしてしまおう。


 そして明日は佐古を殴るんだ。

 佐古、を―…。





 佐古。

 その単語を思い出した時、体がぐっと強張った。

 それが何を示すのか考える暇も無いまま、けたたましい着信音がポケットの中から鳴りだした。電話だ。
 慌てて通話ボタンを押して耳に当てる。

「…もしもし。」
『秋?』

 声が聞こえた瞬間、電話を切った。

 これ以上声を聞いてはいけないと、何かが脳に言った気がした。

 携帯を持つ手が震える。

 と、再び鳴りだす携帯。
 画面には小さく"佐古"の表示。

 いつまでも鳴りやまない携帯に観念して、再び通話ボタンを押す。

「………。」
『おい、秋!何いきなり電話切ってんだ、調子乗ってんのかこら。』

 もう一度、電源ボタンを押してしまいたかった。
 通話を切ってしまいたい。

 佐古の声を、聞きたくない。

『……秋?』

 聞きたくないのに、耳に当てた携帯から発せられる佐古の声の電子音は、携帯を耳から離す事を許さなかった。

『なぁ、秋、怒ってんのか?ごめん、俺も悪かったよ。でもさぁ、今なら大丈夫なんだ!どうせ暇だろ?今から――…』

 携帯越しに流れる佐古の声は、さっき俺を襲った出来事なんてまるで無かったかのように穏やかで、精神を守るためにきつく締められていた俺の心は、いとも容易く絆された。

「さ、こ…。」
『今どこに居るんだ?家か?だったら迎えに…。』
「さこ、さこ…。」
『行くから――、…秋…?』

 ぽたりと、地面に落ちる水滴。
 
 雨かと思ったけれど、それは雲ではなく俺の目から垂れ落ちていた。

 壊れそうな精神を守るために感情を無くしていた心は、佐古の声で再び感情を取り戻していた。

「さこ、さこっ、さこぉ…。」
『どっ、どうした秋?泣いてんのか?そんなに怒ったのか!?』

 自分の身に起きた事など言えるはずもなくて。

 ただただ泣く事しかできなかった。電話口の佐古は焦って困ったように俺をなだめたけど、俺は泣きやめなかった。








 会いたい、会いたい。

 君に、会いたい。







『迎えに行くから。どこ居るんだよ。』







 君に会えたら、何と言おうか。

 混乱して、疲弊した頭では上手く考える事が出来ないけれど。






『あぁ!?なんでそんな場所に居るんだよ!?面倒くせぇな、ったく。』






 とにかく君に、会いたい。





『秋…、すぐ、行くから。』





 「待ってろ」と残して切られた通話。
 
 ツーツーと流れる電子音を切って、近くのベンチにぺたんと腰を下ろした。



「佐古…。」








 
 早く、会いたいよ。








-END-





強姦物は読むの楽しいけど書いてると辛い。




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