吐く息が白い。

 かじかんだ手を温めながら、僕は待ち合わせ場所で1人待ち続けた。

 目の前を通り過ぎていくカップル。
 幸せそうに笑う、彼女さん。

 …いいなぁ。

 僕も、あんな風に、





 




 …寒いなぁ。








 
 震える体をさすりながら、僕は1人君を待った。



















きっと君は来ない



















 君は皆の憧れの的だった。

 かっこよくて、身長も高くて、だけどちょっと悪っぽい所。

 色んな女の子と遊んでる、なんて噂もあったけど、そんな事気にならないくらい、僕は君に惹かれてた。

 でもこの気持ちは、僕の片想いで。

 伝えられないまま何年も、何年も過ぎて行った。

 初めて会ったのは小学生の頃だったのに、気付けばまともに話す事も無いまま迎えた、中学卒業の日。

「しゅ、周也君、…好きです。」

 桜の花びらが綺麗に地面に落ちる中、僕は君に告白した。


 嫌われると思ってた。

 気持ち悪いって、言われると思ってた。

 でも返ってきた返事は意外な言葉で。

「付き合う?」

 まさかそんな答えが返ってくるなんて思ってもいなくて。

 キョトンとした顔で見上げれば、君は笑ってた。

 僕の好きな、眩しい笑顔で。













「俺、遊び人だからさ。」

 そう宣言された言葉通り、君は高校に入学してからも中学の時と同じように色んな女の子と遊んでいた。

 そのうち彼女も出来た。

 学校公認のお似合いカップル、とか、
 美男美女の幸せ夫婦、だとか。

 君達に投げかけられる温かい冷やかしの言葉は、どれもそんな物ばかりで。

 僕はそんな事態になっても、君に何も言う事は出来なかった。

 僕は、男だし。
 それに、君がそうなのは昔からだし。

 それでも、僕は君の事が好きだし。




 約束をすっぽかされる事もしょっちゅうだった。
 というよりも、約束が守られる方が少ない位だった。

 君は人気者で、いつも誰かと遊ぶ約束をしていたし、放課後も休みの日も、1人になってる事なんて滅多に無かった。

 そんな中やっと時間を見つけて君と約束をしても、

「あ、悪ぃ。無理になった。」

 たった一言そう言って、君は他の人の所へ行くんだ。

















 膝小僧を抱えていると、ふわり、と鼻先に雪が舞い降りた。

 見上げると、ちらちら、ちらちら、
 雪が降り始めていて、道を段々と白く染める。

 約束の時間なんてとっくに過ぎてる。

 それでもこうして約束した場所で待つ僕は、愚かだと笑われるだろうか。

 今日は、クリスマス。

 愛する人と共に過ごす、聖なる1日。

 普段の約束も簡単に破ってしまう君が、こんな日に結んだ約束なんて、守るはずない。

 分かってた。…分かってる。

 きっと、君は彼女と一緒に、今頃どこかで美味しいご飯でも食べているんだろう。

 日はとっぷりと沈んで、もう街は眩しい明るさに包まれていた。
 ショーウィンドウから放たれる光は僕には眩しすぎて、僕は静かに目を閉じた。

 きっと、君は彼女に今頃、愛の言葉を囁いてるんだ。

 「愛してる」なんて、彼女を抱き寄せて言ってるんだ。

 想像していたら、目頭が熱くなってきた。
 鼻水も垂れてきた気がする。…寒いせいかな。

 膝を抱えて座り込んでいる僕に、雪はしんしんと降り注いだ。

 体に掛った雪を払う事もせずに、ひたすら君を待つ。

 時計を見れば、もう時刻は9時を指していた。

 待ち合わせは6時。

 はは、ははは…。

 頬に温かいものが流れ落ちた。





 僕は、…僕は。

 どうして君を好きになってしまったんだろう。

 
 遊び人で、平気で約束を破るような奴で、僕に「付き合う?」なんて言ったりして、僕の事からかってるような―…



 そんな、君が、

 どうしようもなく好きなんだ。




 
 僕も、ホントに救いようの無い奴だ。

 膝をぎゅっと抱えて、より一層体を縮める。

 …寒いなぁ。






「何やってんだ、馬鹿!」

 ふわりと、体を覆う温かさ。

 見上げれば、大きな影。

 …誰?

「なんでこんな時間にまだここに居んだよ!?さっさと帰って…クソッ!」

 手をギュッと握られて、僕はその人に引っ張られた。
 グイグイと僕を抱えて早足で歩く人。

 ショーウィンドウの光に照らされたその顔は、間違えるはずもない、君の顔だった。

「しゅ、うや…君?」

 険しい顔のまま僕を連れて行った先は、公園の小さなベンチだった。

 「すぐ戻るから待ってろ」と言ってどこかへ行った君は、本当にすぐ戻ってきた。
 手には温かいココアの缶。

「ほら。」

 それを僕の両手に握らせて、君は僕の隣に座った。

「しゅ「なんでまだあんなとこ居たんだよ。」

 眉間に皺を寄せて、君は僕の事を睨む。

「だ、だって…。」

 君から貰ったココアの缶はとても温かくて、冷えてかじかんだ僕の手には心地良かった。

「約束、してたから。」
「………。」

 一瞬の間を置いて、君は口を開いた。

「…馬鹿じゃねぇの。…俺、お前との約束すっぽかしたんだぞ。」
「…うん。」
「さっきだってたまたま通りかかっただけで、ホントは行く気なんてさらさら無かったんだよ。」
「…うん。」

 ベンチに置いていた左手に、君の右手が重なる。

「…意味分かんねぇ。」
「…うん、僕も。」

 君の右手に、ギュッと力が入る。

「こんな冷たくなるまで……ホント馬鹿野郎だよ、お前。」
「…うん。」

 



 ココアはすっかり熱を失って、ぬるくなった液体がチャプンと音を立てる。

 しっかりと握られた左手が熱くて、それがとても嬉しかった。

「僕ね…」

 それまで無言だった空気を裂いた僕の言葉に、君は顔をあげてこっちを見た。

 痛いほど君の視線を感じたけど、敢えて君の事は見なかった。
 
 今君の顔を見たら、泣いてしまいそうな気がしたから。

「僕、いつも周也君の事考えてて、多分引いちゃうくらい考えてて、」
「……。」
「約束した日は、すごく楽しみで、だけど、いつもすっぽかされちゃって…、」
「………。」
「凄く、辛かった。……胸の辺りが締め付けられるような感じがして、凄く……悲しかった。」

 今まで一度も言った事のない自分の気持ちを、ポツリ、ポツリ。

 それは栓の抜けた液体のように、次から次からあふれ出て、自分でも驚く位、沢山の事を君に伝えた。

 それを君はただ黙って聞いていて、あぁ、このあやふやな関係も、今日で終わってしまうのかもしれない、そう思った。

「本当に、苦しくて、…………だけど、」

 でも、これが僕の本当の気持ち。

「それでも、周也君の事、好きなんだ。」

 初めて見た時から変わらない、僕の気持ち。

 どんな風に扱われたって、僕の気持ちは変わらない。

 きっとずっと、君が好き。

「……意味分かんねぇ。」

 君は少し顔を赤くして、困ったようにそっぽを向いた。

 







 ねぇ、周也君。

 僕はきっと、世界中の誰よりも、君の事を愛してる。

 彼女さんにだって負けない。

 

 今までも、今も、そしてこれからも。

 きっと僕は、ずっとずっと君の事を愛してる。



 どんなに酷い扱いを受けても、多分ずっと。



 君に好きになってもらえたら、死ぬほど幸せだと思う。

 だけどきっと君はそんな事思っちゃいない。

 僕を愛して、なんて我儘も言わない。


 だから、今だけ、




 ほんの少しのお願い。





 どうか1秒でも長く、この手を繋がせて下さい。

 少しでも長く、君の温もりを感じさせて下さい。




 ほんの一瞬だけの、儚い願いだとしても、







 それが僕の、幸せだから。





-END-





苦しい程の、片想い。




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