英雄



「ちょっとぉ武士くんじゃない」

気味が悪い声だ。
女子生徒たちが窓から身を乗り出して校庭のグラウンドを見つめている。
この背中をドンと押して突き落としてやろうか。

女子からの声援を受けている少年は二学年下の早乙女武士という。
くりくりと少女のような瞳に中学一年生らしからぬ長身とそれにともなった筋肉は入学して数週間でたちまち学校中の噂になった。

耳障りな高い声の原因となる早乙女を俺は快く思っていない。スポーツができるくらいで持て囃される運動部は、俺が嫌いな人種だ。

スポーツをしている人間が真人間とは限らない。昔から思ってはいるがどうも世界には浸透せず、宗教めいた言い伝えが蔓延している。
特に、学校は。

どんっと後ろから衝撃がある
「あ、わりいな」ギャハハと笑いながら級友は同じ部活動の友人とかけていった。あいつも、運動部だ。

俺は元より塾などで忙しくしているから、活動が週に一度しかないよくわからない部活に入った。部活動なんかをするよりも、勉強をしていた方が自分のためになるとわかっていたからだ。


夏休みも終わり、3年生が引退した。
顔を会わせることも少ない彼らのことなど正直知ったこっちゃないが、いかないとあのヒステリックな女顧問が面倒だ。
担任にでも告げ口をされて内申を少しでも下げられてしまうのが嫌だった。

4時半、一般的な部活動が終わるにしては早い方だが、俺には塾があった。
走ってバスに乗り込まないと駄目かもしれない。
廊下を走り、階段は一段だけ飛ばしてかけ下りる。
この突き当たりで昇降口につくぞ、というとき白っぽい人影が見えた。

早乙女だ。
あ、と思ったとき反射神経が鈍い俺は避けきることができず
同じ野球部であろう下級生と何かを運びながら談笑していた早乙女が俺に気付くわけもなく
思いっきりぶつかったのだ。

「痛…」「大丈夫ですか?」
体が小さい俺は自分が思ってたよりも撥ね飛ばされたらしく、すぐに起き上がった早乙女は手をさしのべ俺の心配をしてきた。

「いや…こっちは大丈夫だよ。ごめん」
早乙女なんかに謝るのも触れるのも嫌だったが、すぐに帰りたい俺は即座に謝り起き上がろうとした、

ピキッ
不快な音が早乙女の手を掴んだ俺の手首から響いた。

あまりの痛さに顔を歪めてしまったので早乙女が気付いたようだ。
「大丈夫じゃないっぽいですね…テーピングとかも持ってますけど、保健室に行きましょう」
「え、いや俺は」「関原これ頼むわ」

半ば強引に保健室に連れていかれ、治療を受けた。
俺が保健室の先生にテーピングを巻いてもらったり、親に塾に遅れることや、聞き手だからしばらく物を書いたりは難しいこと、
念のため病院に行くことなどを電話してもらっている最中、早乙女はずっと俺の後ろに立っていた。その後、報告を受けただろう野球部の顧問も保健室に訪れて、早乙女と一緒に頭を下げた。こちらにも落ち度はあったからそんなに謝られると逆に申し訳なく思えてきた。
ばつの悪そうな早乙女の顔が面白かった。

塾をサボったことと、早乙女との交流は、俺にとって初めての経験だったが、悪くないと思った。

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