法事 1. 辻が3日ほど部活を休んだ。 いや、正確には学校自体を休んでいたのだが、わざわざあいつは御堂筋に部を休む旨の連絡をいれた。 忌引き、と朝イチの健康観察のとき担任はさらりと言った。 ふつうプライバシー云々で聞かれない限りは言わないことになっている(らしい)が よく休んでは次の日にズルだの仮病だのからかわれる辻を担任なりに気遣ったのだとオレは思った。 担任に言われる前の朝練の時にすでに御堂筋から聞かされていたから別になんと思うこともない。 問題は何故わざわざ御堂筋にまで連絡を、しかも忌引きとまで伝えたのかということだ。 亡くなったのはたぶん少し前に話していた伯父さんのことだろう。 可愛がってもらっていたらしい。 1年の頃その伯父さんの家の飼い猫が死んだと、いつもよりもさらに弱々しく、目を赤く腫らせながら辻がグズっていたのを思い出した。 猫には忌引ききかないからなあ、と昼休み、いくらか落ち着きを取り戻した辻が言っていた。伯父さんは独り暮らしだったから、 猫が死んでからほんとうにひとりぼっちになってしまった、せやから病気になったんや、とも。 伯父くらいの親戚の法事であると記憶が確かであれば2日ほどしか休めないはずだが、 北海道に住んでいるという話も聞いたことがあったので、移動時間も考えた上での3日、なのだろう。 朝、眠い目と去年や一昨年よりもハードな練習のせいでどこかしら痛いからだで部室へ。 集合時間よりもずっと早くに来ているらしい御堂筋がちょうど部室の戸の前にいた。 気まずい、というかこんな後輩に気をきかす義理はないので特に挨拶も交わすことなく、 御堂筋の、細いがオレよりも大きいからだの脇を抜けて戸を開けた。 中に入る、石やんやノブの鞄を放り出されている。 オレよりも早く練習に来ているようだがこの様子じゃ御堂筋に後でぐちぐち言われるだろう。 太陽は入り口の方から昇るから、御堂筋が遮るかたちとなり、中は薄暗い。 御堂筋は動かない、突っ立ったままだ。 鞄を床に置き、御堂筋を気にせず着替え始める。 「辻くん、休み。」あいつが喋った。 「法事、3日くらいの。来週までは、辻くん無しで代わりに…いや、辻くん無しでもできるフェイズ、やる。」 オレはいつもの御堂筋であれば、インハイメンバー発表直後のこんな時期に3日も休むなら外すとまでいうのだと思っていたのだが、 別にそんなことはなく拍子抜けしてしまった。 急かされて自転車に跨がり漕ぎだしながら、 「(拍子抜け、というのは不謹慎な気もする。でもオレはあいつはそういうやつだと思っとったんや…)」 などと考えていた。 前の方で暗い顔をした石やんがあいつに顔を掴まれていることに気づき、 慌てて意識を自転車に集中させたがどうしても気になって仕方がなかった。 「友矢」少し遠くから聞こえた。石やんの声だ。 今行くと言い、顔をあちらに向けながら移動教室の準備をし、急いで教室を出た。 今石やんと向かっているPC室は オレや辻のいる教室や石やんの教室からはだいぶ離れており、HRが終わったすぐあとに教室を出なければ授業開始に間に合わないのだ。 「法事って」石やんが口を開く「前話してた伯父さんなんかな。」 石やんもやはりそうだと思っていたのか。 「オレもそう思っとった。」持っていたペンケースに回転をつけて片手で上に投げた 「なんや会ったことはないけど、寂しいな…つ…明久大丈夫なんかな」ペンケースをキャッチ、また上に投げる。 「そうやなあ」そんな何回もあったわけじゃないが、伯父さんとの思い出を話していた辻がやけにいきいきしていたのは覚えている。 キーンコーン、二人で「あっやば」と言い、オレは投げたペンケースをキャッチし損ねそうになりながら、廊下を走った。走っているときも辻のことを思い出していた。 辻、なんでや、別にええやろ。そこまで言う義理ないやん。 どうしてもの休みやないとメンバーから外されるとでも思ったんか。 オレはお前の選ばれたときの顔、見とったけどな、去年のインハイのとき、1年にレギュラーとられてもうたから来年は絶対入って、頑張りたい、オレは石やんとかノブとかお前とか…みんなと、走りたい。 なんて言うとったお前が、やっと選ばれたとき、お前の顔は地獄を見たような絶望と恐怖で歪んでいるように見えた。 他のやつから見ればいつもと変わらない無表情のお前だったと思うが、オレはヒクリと動いた口の端を見逃さんかった。 インハイ、もうすぐやなあ、お前が学校に来る頃はもう夏休みの前日で、置き勉ばっかしてるお前は机をなんとか空にしようと必死になるんやろ。 オレは暑い中線香の煙の中で大人しく正座しているだろう辻のことを考えていた。別にそんなことはオレには全く関係ないのだが Back |