ふゆう


「信介くんってさ」
「うん?」

 昼食を食べ終わって、今日も彼女と北は手を繋いで教室まで帰る。彼女はこちらを見下ろす北の目に、頬が熱くなった。きっと北の表情はいつも通りなのだ。北の名前を呼ぶことが許されていること、そして呼べば当たり前のように北が名前と呼び返してくれること。日常の何気ないものでも、自分にしか許されないものがある。それはとっても嬉しいもので、大切なものだ。その大切さを忘れないように、したい。

「えっと、あの」
「北さーん!」

 元気な声に渡られて、彼女はちょっとしょぼんとする。北はそんな彼女の頭を撫でて、後ろから聞こえてきた声の主に振り返った。どたどたと騒がしい足音はひとり分ではなかった。彼女は北の背中に隠れるように立って、先に戻ろうかと教室に向かう廊下の先を見つめる。北に先に戻るよう言おうとして、離そうとした手が離れないことに彼女は驚いた。意図的?偶然?彼女は北の背中で、ひとり北の手と格闘することになった。指を一本一本傷付けないように、離そうと試してみるも頑なに離れない。

「じゃあ、頼むわ」
「はい、分かりました……あれ?」
「!」

 彼女は北の背中にすっぽりと隠れていたのに、見つけられてしまった。視線と言葉が自分に向けられている。彼女は北の手をぎゅうと握りながら、顔を上げた。基本、周りのことに疎い彼女でも知っている人物だった。宮双子だ。同じ顔は同じように目を丸くして、北越しに彼女を見下ろしている。そして、恐らく侑は繋がれている手を目敏く見つけて、面白そうに口角を上げた。治も楽しそうな表情になりかけたが、自分よりも高いテンションの気配を感じて、すぐに口を閉じた。

「もしかして、北さんのカノジョさんですか!」
「そうやけど」
「うは」
「……」
「侑、あんまジロジロ見んなや。失礼やろ」

 侑は治の言葉に唇を尖らせる。もっともらしいことを言いながらも、彼女のことを横目でチェックしている治に言われたくないのだ。言い合いに発展しそうにもなるが、北の目があるので侑は言葉を飲み込んだ。

「あ、もしかして俺たち邪魔しました?」
「あ」
「いえ、そんな」

 からかっているのか、本当にそう思っているのか。どちらとも読めない表情をする双子に、彼女は曖昧に笑うことしか出来なかった。

「された」
「え!?」
「えっ!」
「え」

 彼女も、侑も、治も北を呆然として、見つめる。北はいつも通りの表情で、彼女の手を引いて自分の横に引き寄せる。隠していたのに、繋いでいる手を堂々と晒されて彼女は頬を熱くした。反射的に、さり気なく解こうとするが、解けない離れない。

「さ、されてないです。大丈夫です」

 彼女は必死で、首を横に振る。北はそんな彼女の様子に、眉を上げる。その表情は怒っているというより、拗ねている感じだった。部活では見ることのない北の表情に、侑と治は目を丸くして、彼女は顔を青くして、突拍子もない北の行動に驚かされるばかりである。

「北さんカノジョさんとおるとき、雰囲気違いますね」
「そうか?」
「なんかいつもより、柔らかい感じしますよ」

 治と侑の言葉に、北は首を傾げる。どうやら北自身は自覚がないらしい。

「北さんのカノジョさんなんかほわほわして、可愛らしいからやない?」
「カノジョさんが可愛らしいから、北さんもほわほわするってことか?」
「せや」

 ふたりは納得して、彼女の方に視線を向ける。ふたりの視線をダイレクトに受けて、彼女は困りながらも、やっぱり曖昧に笑うことしかできなかった。なんというか、困らせたくなるというか、甘えたくなる雰囲気をもつ彼女に、ふたりの目が揺れる。北は自分の心がざわつくのが、分かった。やさしい手つきで彼女の頭に触れると、自分の胸へと、こてん、と引き寄せた。

「俺の彼女、かわええやろ」
「!」

 彼女は北の胸に寄りかかる形で、真っ赤になって、固まってしまう。そんな彼女につられて、きゃー!とよく分からない歓声(?)を上げる侑と、おー!と拍手をする治の姿に、なんだなんだ、と廊下からなんか出てきた。わらわら出てきた。バレー部だった。

「名字固まっとるけど、大丈夫か?」
「おお、尾白くん、たすけて」

 北の予想もつかない行動に、心臓がついていけない彼女は心のオアシスの尾白に駆け寄っていく。駆け寄って行きたかった。そんなことを北が許すはずもなく、呆気なく北に首根っこを掴まれる。

「ぎゃあ」
「名前目の前で浮気か」
「うわき!?
 違うよ!信介くんがさっきから恥ずかしいことするからだよ!?」
「……名字に何してん」

「なぁ、あの人誰?」
「さあ?」
「信介の彼女の名字さんや」

 銀島と角名の会話に混じってきたのは、北と同じクラスで、北の変化を一番目の当たりにしている大耳だった。銀島と角名は目を丸くして、尾白と北の間で困り果てている女子生徒へ視線を向ける。

「……」
「……」
「待って。何か始まっとるんやけど」

 双子の様子がおかしい。ちらちらと互い見つめ合ったりなんかしちゃっている。治が侑の頭を掴んで、自分の胸へ引き寄せた。そして、治は尾白に向かってドヤ顔をする。

「俺の彼女、かわええやろ」
「ひいい」

 治の言葉の後に、彼女の悲鳴が続く。羞恥心でしんでしまいそうだ。

「名字アレやられたんか」
「やめて尾白くん何も言わないで」
「なんや、名前嫌やなんか」
「嫌とかそういう次元じゃないんだよ!」

 角名がそろり、と大耳を見上げる。

「名字さんの前だと、あんな感じや」
「……マジすか」
「かなりお茶目さんになってしまうんや」
「お茶目さん」
「北さんには似合わへん言葉やな」
「それ」

「侑はいつまで名字のフリしとるん」
「割と似てません?」
「いや、名前はもっとかわええわ。やり直し」
「信介くんお願いだから、これ以上からかうのやめて」
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