後編



 黒尾鉄朗はそわそわしていた。意味もなくベッドサイドに置いてるティッシュの位置を気にしたり、電気のリモコンを枕元に置いたりせわしない様子だった。ふいに、コンコンと控えめなノック音がして、黒尾はびくっと肩を大袈裟に揺らす。黒尾が猫ならば、ビビビッと尻尾が膨らんでいることだろう。

「名前?」
「お、お風呂上がりました」
「だいじょうぶだった?使い方」
「うん」

 黒尾はシーツを直していたフリをして振り返る。彼女は頬をほんのり赤くして、もじもじしていた。やば、風呂上りの名前かわいい。黒尾はじーっと、彼女のことを見つめてしまう。火照った頬と、まだ少しだけ濡れている髪、シンプルな部屋着に身を包んだ彼女は防御力がゼロに等しい。

「うおっ」
「……」
「どうした?」
「なんか、恥ずかしくて」
「そうね、なんか恥ずかしい」

 黒尾は抱き着てきた彼女の頭を撫でる。しっとりと濡れている髪を乾かしながらでも、緊張を解そうかなぁと考えた。



「キスしていい?」
「うん」

 電気は頼りないくらいで、枕元には電気のリモコンとゴムとティッシュがスタンバイしていた。彼女はいつもより優しく頭を撫でられて、静かに心臓を早くする。唇を合わせて、離す、なんてことない動作のはずなのに。黒尾はそぉっと彼女の肩に触れて、そのままベッドへと押し倒した。彼女は大人しく黒尾を見上げる。薄暗い中で、黒尾の瞳はネコのように鋭くなっていた。黒尾の手が部屋着に触れる。

「えっと、いい?」
「う、ん」

 服を脱がしていい?っていう意味かな。彼女は小さく頷いた。黒尾は彼女の返事に安心したように、息を吐いた。今まで拒否されてきたゆえに、彼女に嫌がられることは若干トラウマなのだ。黒尾の手が部屋着の裾に触れて、ばんざいと脱がされる。彼女は乱れた髪を直しながら、空気に触れる素肌に余計緊張してしまう。キャミソールから覗く彼女の肌に、黒尾の心臓はどきっと音を立てる。そして、もっと触れたい、もっと見たいと自分の欲求が大きくなっていくのが分かる。黒尾はキャミソールの下に、手を潜り込ませた。

「ひゃ」
「わ、わるい」
「黒尾くん手冷たい」
「しょうがないでしょ。緊張してんだから」
「……そうだね、しょうがないね」

 彼女は黒尾の拗ねた口調に、つい笑ってしまう。緊張しているのは自分だけではないんだと分かって、ほわっと心が温かくなる。同じように、キャミソールも脱がされて、かなり無防備な胸元を黒尾に見せることになった。彼女は胸元を腕で隠しながら、視線を落とす。

「黒尾くん見すぎ」
「わ、わるい」
「……ふふ」
「名前わざと言っただろ」
「だって、黒尾くんかわいいんだもん」

 思わず言ってしまった。彼女はつい零れた言葉に、手で口を隠す。そろりと黒尾を見上げれば、どこか嬉しそうに笑っていた。

「名前は俺のことかわいいって思ってくれんのね」
「うん。黒尾くんは嫌じゃない?」
「名前に言われるのはね、嫌じゃないよ」

 全然バカにしていない。むしろ、愛おしそうに言われたら、嬉しいですよ。黒尾はわざわざ言葉にはしなかった。

「良かった」
「まあ、ここから可愛い鉄朗くんではなくなるんですけどね」
「……あ」
「嫌だったら、言って。すぐやめるから」
「う、ん」

 黒尾の長い指が鎖骨を撫でて、静かに下がっていく。そうだね。ここからは優しい鉄朗くんだね。彼女は黒尾の指を受け入れながら、そんなことを考えていた。



「んっ」
「いたい?」
「ううん」

 いつもより口数が少ない彼女に、黒尾は慎重に彼女の様子を伺う。黒尾の手におさまる柔らかな温もりは、黒尾の思うままに形を変える。彼女は黒尾に胸を揉まれている事実に耐えれず、両手で自分の顔を隠していた。黒尾は何度も嫌じゃないか?という問いかけに「嫌じゃない」と返ってきたが、その両手が外されることはなかった。
 
「……」
「名前さん」
「はい」
「あのう、本当に嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないです」
「じゃあ、あの、その小さなおてて外して欲しいんですが……」
「いや、それは、ちょっと無理っすね……」
「そうっすか……」
「はい……」

 両手の隙間から見える彼女の顔も、耳も、真っ赤に染まっていて、本当に恥ずかしいことは分かる。分かるけど、その両手を外してほしいと思うのは我儘だろうか。あと、やはり、どことなく無理やり感が漂って非常にやりづらい。黒尾は適当に脱いだ自分のシャツを彼女に着せて、一旦タイムをとった。急に服を被らされた彼女はきょとん、として、両手を外した。

「名前さん一つ伺ってもよろしくて……?」
「はい、なんでしょう」
「名前さんの恥ずかしがり屋説はマジだったんですか……?」
「……え?」

 彼女は黒尾に言われたことが理解できずに、首を傾げてしまった。

「いや、名前さんははず」
「聞こえてるよ」
「……そのぉ、名前は俺と先に進むのに抵抗があって、それを、その、恥ずかしいっていう建前で誤魔化してたって、先日お伺いしたはずなんですが、
 それも、実は建前だったり、します?」
「あ……」

 彼女は、今度こそ黒尾に言われた言葉を理解した。そうだ。先日黒尾と両想いだったことが発覚してから、そのときに色々話したんだ。今までお互い言いたかったけど、言えなかったことをふたりで、ぽつりぽつりと話し合った。黒尾は大丈夫だと何度も彼女が言うのに、決して彼女の手を離さなかった。黒尾は彼女がどうして自分を拒んでしまうのか、の本当の理由を聞いた。

「黒尾くんは義務感?で私と付き合ってるって思ってたから、その延長線上でセックスするのはちょっと……いや、大分むなしいだろう、と思いまして」
「……」

 黒尾は彼女の言葉に絶句した。今まで自分がのほほんと楽しいんでいた陰で、彼女がそんなことを考えていたのだと思うと、ひどく胸が痛んだ。

「でも黒尾くんのこと好きだし、一緒にいたいし、でもセックスはしたくないし……恥ずかしがる以外の誤魔化す方法思いつかなくて」
「……いや、なんか、ほんとごめん」
「う、ううん、私ももっと素直に黒尾くんの言葉を聞いてたら、こんなことになってないし。
 私も怖がって本当のこと聞けなかったから」

 彼女は落ち込む黒尾の頭を撫でながら、眉を下げる。

「……じゃあ、嫌じゃないって、解釈してもいい?」
「え?」
「その、僕と先にすすむのこと」
「キスの先のこと?」
「はい」

 彼女は黒尾があまりにも可愛い表現を使うものだから、自分も釣られてしまった。黒尾が頬をほんのりと赤くして、頷く。

「嫌じゃない、よ」

 彼女ははっきりと言った。黒尾と先に進むことは嫌ではない、と。だから、今日の初めてのお泊りもすることになったのだ。彼女は自分の発言を思い出して、ぐるぐると考えてみたが答えが出なかった。本当に黒尾とセックスをすることは嫌じゃない。むしろ自分だって触れたいと思っている。でも、無性に恥ずかしいのだ。油断したら、泣いてしまうくらいに。比較する経験もないが、自分はこんなにも恥ずかしがり屋だったろうかと彼女は自分のことが分からなくなっていた。

 今まで誤魔化すために恥ずかしいフリをしていたはず、なのに。いつの間にか、彼女は本当の恥ずかしがり屋になってしまったらしい。



「えっと」
「名前さん?」

 彼女は誤魔化し続けて本当の恥ずかしがり屋になってしまいました、と自己申告するのもまた恥ずかしくて、でもどうにか、嫌ではないという意思を伝えたくて。彼女は黒尾の胸板に触れて、そのまま頬を押し付けた。ぴくり、と黒尾の身体が揺れる。

「ほんとに、嫌じゃないよ。黒尾くんに触ってほしいって思うし、私も触りたい、よ」
「名前」
「ただね、同じくらい恥ずかしいの。黒尾くんみたいに、綺麗な身体でもないし」

 黒尾は静かに彼女の言葉に耳を傾けて、そっと彼女の背中に腕を回した。

「名前の気持ち教えてくれて、ありがとね。でも、一つだけ訂正していいですか?」
「?」

 黒尾の手がそろり、とぶかぶかのシャツの中に潜り込んで、彼女の背中を撫で上げる。彼女はびっくりして、小さく声を漏らした。

「名前の身体きれいだよ。
 正直なにがとか、どこがとか、言われたら困るけど……」
「くろ、お」
「でも、きれいだなって、思うよ、ほんとに」
 
 黒尾の真剣な目線に、彼女は頷いた。黒尾は彼女にキスをして、再び彼女を押し倒す。シャツをまくり上げて、優しく彼女の胸に触れる。彼女の柔らかい肌越し、激しい鼓動を感じて、大丈夫だよと言うように、彼女の唇や首筋に何度もキスをした。彼女はやわやわと胸を揉まれて、変な声が出そうになる。黒尾の顔が下がっていき、彼女の胸元に唇を寄せた。薄い唇が彼女の肌に触れて、彼女は生々しい感触に目を見開いた。見慣れない天井が次第に滲んでいく。

「くろっ、おくん」
「ん?」
「へんな、こえで、そう。こわい」
「こわくないよ。そのままの、名前のこと見せてほしい」
「んっ、くろおくん、絶対やめないで」
「うん、わかった」

 黒尾に触れられることが嬉しくて、黒尾に見られることがやっぱり恥ずかしくて、感情がぐちゃぐちゃになって、どうしても涙が溢れてくる。彼女が黒尾の頭を自分の胸に抱きしめて、祈るように呟いた。黒尾は自分の頭に触れる手をとって、繋ぐ。そばにいるから、絶対やめないから、やくそく。彼女は繋がれた手をぎゅう、と握り返した。

「あっ、やぁっ」

 彼女は片手で目元を隠しながら、腰を揺らす。もう片方の手は、黒尾と繋がれたままベッドに押し付けられていた。黒尾の指先で、胸の先端を触れられると、自分ではなくなるみたいで、怖かった。撫でるように触れられると、腰がぞわぞわして、ぐりぐりと押し込むようにされると、びくんと腰が跳ねるように動いてしまう。それだけでも、刺激が強いのに、胸の先端を黒尾は口に含んで、やさしく可愛がる。ちゅうと吸う姿はどこか可愛くも見えたが、下からいやらし目を細めて見上げる黒尾に、彼女はすぐに目元を隠した。

「んっ、ひゃっ」
「名前ちゃんと感じてくれてんのね。うれしい」
「そういうのっ、さ」
「やだ。
 俺ちゃんと名前に気持ち伝えるって決めたもん」

 黒尾はかたくなった胸の先端を舌先でぐりぐりと弄って、なだめるように、やさしく舐める。彼女は太ももすり合わせて、自分の身体の変化にまた涙が零れてきた。やだ、嬉しいのに、恥ずかしい。分けわかんない。
でも、やめてほしくない。黒尾くんに触れるの、恥ずかしいのに、びっくりするのに、気持ちいいから、……え、あ、そっか。私気持ちいいって感じてることが、黒尾くんにバレてることが恥ずかしいんだ。もーなにそれ、分けわかんない。彼女は喘ぎながら、自分の感情の面倒さに呆れてしまう。

「くろっ、おくんっ」
「わ、ど、どうした」

 彼女が繋いでる手を激しく動かし始めたので、黒尾はやり過ぎたかとぞっとして、身体を起こす。彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「わたしばっかり」
「え?」
「ぐずぐずになって、やだ」
「わ、ちょ、名前さんっ」

 彼女が思い切り黒尾の胸板を押すと、隙を突かれた黒尾は見事にころりと転がってしまった。そして、黒尾は顔を青ざめる。彼女はぎこちない手つきで、黒尾の腹筋に触れて、そのまま手を下へもっていく。

「ちょ、名前ちゃん、そこは」
「私が触れるのいや?」
「……」

 眉を下げて悲しそうな彼女の表情に、黒尾もつられて眉を下げる。

「イヤじゃないです」
「じゃあ、触らせて?お願い」
「うっ、す、好きにしてくれていいよ」
「うん」

 これでもか、というほど完璧に小首を傾げられて、黒尾は思わず唸ってしまった。最愛の彼女のおねだりが効かない恋人がいるだろうか。いや、いない。黒尾は思わず反語になりながら、彼女の手を受け入れた。



「くろおくん、きもちいい?」

 彼女は言葉をなしで頷く黒尾が愛おしくてたまらなかった。黒尾はそのままで見上げんでくださいと、内心唸る。頭を下げて、おしりを高く上げる……四つん這い的な体勢は目の毒だ。彼女の柔い手が、黒尾のものに触れて、そのまま彼女の唇が先端に触れる。ちゅう、と口を触れてあと、小さく開いた口の中に吸い込まれていく。温かかく狭い口の中に触れて、黒尾は初めての感覚に腰を引きそうになる。とろとろで、あつい舌が、黒尾のものに絡んで、じゅぷじゅぷと音を立てて、彼女の頭が動く。ずっとイメージしていた疑似的な感覚が現実になって、黒尾の想像よりもずっとダイレクトで、黒尾は彼女の頭に触れながら、微かに声をもらした。

「あっ、名前……だめ」
「え、いたい?」
「……いたくない、です」
「続けていい?」

 むしろ、続けてほしい。とは素直に言える性格ではない、黒尾は小さく頷くだけだった。彼女は黒尾が感じていることが嬉しくて、苦しかったが、より奥まで黒尾のものを咥えて、頭を動かした。黒尾は彼女が自分のものを咥えているという視覚的快感と、直接的な快感で、頭がどうにかなりそうだった。

「ちょ、たんま」
「?」
「ごめんなさい。これ以上されたら、気持ち良くて……出ちゃうので」
「!」

 彼女は黒尾にそぉっと顔をあげさせられ、首を傾げる。黒尾は恥ずかしそうに頬を赤くして、そんなこと言うではないか。とても、可愛らしい黒尾の様子に、彼女の下腹部は熱くなって、じゅん、と感じてしまう。

「あと」
「次は俺の番ね」
「あっ」

 黒尾の手がくにくにと、彼女の大事なところを部屋着の上から触れる。彼女は膝立ちになって、黒尾に思い切り抱き着いた。「脱がしていい?」「うん……」黒尾は部屋着と下着を一気に脱がすと、そのままベッドの下へ落とした。黒尾の指の腹が、くちくちと彼女の入り口に触れて、ぬるりと黒尾の指が滑る。十分感じているそこに、黒尾は安心したように口元を緩めた。

「んんっ」
「名前のここ、かわいい」
「ひっ、へんなこと、いわないでっ」

 ぐちゅぐちゅと指の腹で撫でられて、彼女の腰はびくびくと揺れる。そのまま中指がゆっくりと差し込まれて、彼女はちくちくと鈍い痛みに眉を顰めた。黒尾が浅いところで、指の抜き差しを繰り返すと、次第に彼女の声が甘くなってきた。

「やっ、やだ、これっ」
「え、いたい?」
「ち、ちがうのっ、なんか、へんな感じがっ」
「ここ?」
「あっ、んんっ、やぁ」

 黒尾の指がお腹側の、壁を触れると、何とも言えない感覚が身体に走る。彼女は黒尾にぎゅうう、と強く抱き着きながら、迫ってくる快感を受け止める。びくびくと、腰も、太もも、も揺れて、彼女はそのまま達して、黒尾の胸に倒れ込んだ。



「黒尾くん」
「うん……?」
「抱き締めながら、して欲しいんですが……」

 黒尾は避妊具をつけて、彼女の中に入れようとした瞬間、そう言われて固まる。彼女は恥ずかしそうに、説明を始めた。黒尾くんの、大きいでしょ……絶対ね、痛いと思うの。だからね、入れるときね、抱きしめながらしてほしくて、だったら大丈夫だと思うし。だめかなぁ?黒尾はセックス中だと思えないほど、ぽかんと口を開けていた。彼女が思わず二度見してしまうくらい、場に合っていない表情だった。黒尾は我に返ると、申し訳なさそうに、眉を下げる。

「あー入れながら、はちょっと」
「え、だめ?」
「いや、だめっていうか、……そんな器用なことできるか自信なくて」
「!」
「ごめん。かっこ悪いこと言って」

 本当に申し訳なさそうに黒尾がするものだから、彼女は思い切り首を横に振った。むしろ、彼女の中で黒尾に対する愛おしさが生まれて、彼女は思わず頬を緩めてしまう。

「ううん、全然かっこ悪くない。ちゃんと言ってくれるの、嬉しい」
「……そうとる?」
「うん。私欲張りだから、黒尾くんの嬉しいも、不安も全部教えてほしいの」
「名前ってほんと、いい女性ですよね」
「え、そう言ってくれるの黒尾くんくらいだよ」

 それでいいんだよ。名前の魅力的なところなんて、他の奴らには知られたくない。黒尾はそう言って、彼女の口を塞いだ。そして、ちゅくり、と彼女の入り口にあつい熱が触れて、彼女はびくん、と腰を揺らした。何度かくちゅくちゅと入り口あたりを撫でられて、彼女は喉を鳴らした。ふと、ぐぐっと押し込むように、あついかたまりにが身体に入ってきて、彼女は目を見開く。ああ、また天井が滲んでいく。想像よりもずっと痛くて、息が詰まりそうだった。ただ耐えれないことも、ない。

「名前ごめん。いたい?」
「いたっい」
「やっぱ、やめ」
「やめちゃ、やだ」
「ん、じゃあ、もうちょっとだけ、ごめんな」

 黒尾は名前のことを早く抱きしめてたくて仕方がなかったが、今にも彼女の中の圧迫に耐え切れず、押し返されそうだった。彼女の中はとても狭かった。いや、狭いというよりも、ぴったりと閉じている場所を無理やりこじ開けるような、そんな感じがした。黒尾は痛いくらいの締め付けに耐えながら、彼女の中に自分を押し込む。押し込むたびに、彼女の顔が痛みで歪んだ。その原因は自分な癖に、黒尾も泣きそうになっていた。

「うっ、あっ」
「名前のこと、抱きしめたいんだけど、いい?」
「くろお、くん」

 彼女は泣きながら、のろのろと黒尾に向かって手を伸ばす。黒尾はゆっくりと体を倒して、彼女のことを抱きしめた。黒尾の耳元で、彼女が安心したように息を吐く。

「くろおくん」
「うん」
「すき、くろおくんのこと、すき」

 彼女はぎゅうう、と黒尾に抱き着く。黒尾も、彼女のことを強く抱きしめ返して、耳元で囁いた。「俺も、名前のこと好きだよ」黒尾のやさしく、ひくい声に、彼女の中がきゅうう、と締まって、とろとろ何かが溶け出すように熱くなった。黒尾は思わず腰を動かしそうになった。彼女の中をもっと感じたい。

「くろお、くん、動いて?」
「でも、名前まだ」
「いたい、いたいけど、でも、もっとくろおくんのこと、感じたいから」

 彼女の、痛みに耐えた声に、黒尾の心臓はぎゅーと締め付けられる。心臓が痛かった。「分かった。でも、ほんとに無理そうだったら、やめるから」黒尾が彼女の前髪をあげて、分かった?と確認する。彼女は眉を寄せて、涙がいっぱいの瞳で、何度も頷いた。黒尾は額、鼻さき、唇にキスをして、彼女を抱きしめ直す。黒尾は彼女をしっかり抱きしめて、ゆっくりと腰を動かし始めた。

 彼女はゆさゆさと揺らされて、へんな気分だった。痛いのに、痛くて苦しいのに、じんじんと何かが麻痺していくような感覚があった。苦しいくらいに、黒尾が抱き締めてくれているからだろうか。耳元で熱い吐息と、時々もれる低い声のせいだろうか。

「んっ、あっ、んんっ」
「名前っ……はぁ」

 不思議なのもので、揺さぶられると声が出た。彼女は黒尾に掴まりながら、糸の切れた人形のようにゆらゆらと揺れている足の感覚に、きゅーと黒尾を締め付けてしまう。なんだろう。上手く言えないけど、黒尾くんが私の腕の中で、私を感じてるのが、すごくぞくぞくして、変な感じ。ああ、私は興奮しているのかもしれない。いつも甘えたか、余裕な黒尾くしか知らなくて、バレー以外でこんな汗かいてるの、見たことない。私のこと求めて、こんなに息を荒くして、身体を熱くしているのだと思うと、どうしようもなく興奮して、彼女の中がどろどろと感じてしまう。

「ちょ、名前……これ、やばい」
「あっ、えっ……?」

 彼女は何がやばいのか、分からなかった。ただ焦ったような、黒尾の声は可愛いなぁとぼーっとする頭で、ぼんやりと思う。何がやばいの、黒尾くん。彼女の手が黒尾のうなじに触れると、黒尾はもぞりと動いて、彼女の顔を覗き込んで、キスをする。眉を下げる黒尾に、彼女は心配させてしまったと同じように眉を下げた。

「いたい?」

 ううん。彼女がゆるく首を横にふる。

「くろおくんが、やばいって言うから」
「あー……名前ん中がね、気持ち良すぎて、やばいの」
「きもちいい?」
「ん、めっちゃ、いい」

 黒尾は呟くように言うと、彼女にキスをして、そのまま舌を滑り込ませる。彼女は黒尾の熱い舌に、口内をとかされて、その間もずんずんと激しく突かれて、とろけてしまいそうだった。瞼がどんどん重たくなって、彼女を抱きしめる黒尾の腕の力も強くなる。ギシギシに音を立てるベッドに、彼女の僅かな理性は恥ずかしさを感じて、黒尾の肩に顔をうずめて、声をおさえた。

「あっ、やっ、くろお、くんっ」
「ごめん、俺もうっ」
「んっ、やあっ……!」

 黒尾は彼女を強く抱きしめて、彼女の中へ避妊具越しに熱を吐き出した。どくんどくん、と心臓が早く打って、長距離走の後のようだった。へたへたと黒尾と彼女はベッドに転がって、互いに荒い息を整える。

「名前へーき?」
「うん、くろおくんは」
「俺はへーきだよ」
「くろおくん、今度はさ」
「?」
「ふたりで、気持ち良くなろーね」

 前髪が乱れたまま彼女はふわふわと笑って、黒尾は泣きそうになる。彼女から次の、未来の、言葉が聞けて嬉しかったのだ。

「今度はちゃーんと名前ちゃんのこと可愛がらせてくださいね」
「お、お手柔らかに……おねがい、します」
「え、なんで、そんな」
「だって、くろおくん意地悪しそう」
「……」
「否定してください」  
- ナノ -