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黒髪夫婦の実態
薫はとある高級マンションの前に来ていた。学院以来の相棒の世話のためにせっかくのオフを潰したのだ。芸能界入りしてからは女の子との遊びももっぱらやめて、どっちかというと自分の世話もまともにできない相棒の家に入り浸りっぱなし。一緒に住むかなんて話が出るくらいには何もできない人物だ。その件に関しては丁重にお断りした。男と住むのは嫌だし、せっかく弟との仲が解消されて来つつあるから家族で過ごす場所を奪いたくない。
ということで彼の家に通うようになったのだ。まったく面倒な話ではあるのだが、学院時代はお世話になったしそれは今とて同じで。放っておくのも微妙だったので結局それで収まった。

「朔間さーん。」

いつ用意していたのかは知らないが、なぜか零の家の鍵を薫は受け取っていて自由にしていいとのこと。昼間起きてこない彼が昼間の来客に対応できないのは当然のことだったので、キーケースの中には零の家の鍵もついている。

「……あれ?」

そして、男の一人住まいのはずの部屋では絶対に聞かないはずの女の人の声。それこそ零が連れ込まなければ絶対にありえない。艶やかな黒い髪を緩く一本簪で上げ、呑み込まれるような赤い瞳をした女の人は可愛らしい仕草で声をあげた。妖艶な姿とは随分とギャップがあるように思える。

「……もしかして、羽風薫くん?」
「そう、ですけど。――――朔間さーん!?あんたなにしたの!?」
「……静かにせい。まだ昼じゃよ、薫くんや。」
「起きてた!?」
「うむ。今日は緋乃が来ると聞いたから一応な。」
「知り合いなの?」
「幼馴染です。緋乃って言います。」

ふわっと花が咲くように綺麗な顔で笑った緋乃と名乗った女性。第一印象は大人びた女性だったが、その口調や声のトーンは穏やかである。
幼馴染、という割には類似点が多いように感じた。黒い髪ならまだしも赤い瞳というのはそうそういないだろう。薫が知っている中では朔間兄弟以外には記憶になく、今まで遊んだ女の子の中にもそんな容姿の子は知らない。

「従妹じゃよ。昔屋敷に一緒に住んでおってな。」
「この家の集まりとか、相続とかの関係でずっとお世話になってたの。同い年の凛月くんともね。」
「共通の幼馴染、ってことかぁ。緋乃さんは昼間弱くないの?」
「呼び捨てでいいよ。う〜ん、零とか凛月くんほどじゃないかな。他の人に比べれば弱いよ。」
「立ち話してもしょうがあるまい。リビングに移動するとしよう。」
「お茶出すよ。ダージリンでいいかな。薫くんも飲める?」
「あ、ありがとう。」
「緋乃。」
「はいはい。角砂糖三つでしょ。まったく、なんで紅茶だけは甘くしたがるんだろうね。コーヒーはブラックの癖に。」
「好みじゃよ。紅茶は甘いほうが好きじゃが、どうにもコーヒーが甘いのは弱い。」

大きいソファに腰を下ろしキッチンで準備している緋乃を横目に薫はジト目で零に問いかけた。結局の所どういう関係なのか、という疑問が消えない。そもそも零の傍に女の子を感じたことはなく、相棒としての付き合いを始めて以降一緒に歩く女の子と言えば学院唯一の女子生徒のみ。我らのマドンナと一番親し気にしていて、革命の時返しきれないような恩がある女子生徒は随分懐いていたようにも思える。薫はデートに誘っても高確率で断られていたが、何も無下にされたわけではなくプロデューサーとしての仕事が忙しすぎたがための結果だった。

「本当に幼馴染?」
「そうじゃよ。従妹で幼馴染、あの容姿で一目瞭然じゃろう。」
「聞きたいのはそっちじゃなくて、恋人とかじゃないの?」
「違うな。我輩たちの生活能力の低さに遂にこちらまで世話を焼きに来たんじゃよ。本家の方に帰ってもしょうがあるまい。あそこは都会で活動するには遠すぎる。」
「朔間さんさ、普段すっごく分かりにくいけど今の顔鏡で見て来たら?ゆるっゆるだよ。」
「………そんなことなかろう。」
「うわ、好きなんだね〜。相棒の若いとこ見れて嬉しいかも。おじいちゃんな感じだったからまさか恋愛なんてしてないだろうって思ってたし。」
「人並みにそういうことはするわい。」
「でも恋人じゃないってことは片思いか〜。」
「そもそもあやつには我輩が男だという認識はないぞ。一緒に住んでいたせいか兄弟みたいな感覚じゃ。」
「……それ一番厳しい奴じゃん。」

「紅茶、入りましたよ。」

綺麗に磨かれた銀のトレーを持ってリビングに来た緋乃は食器の音を立てないように二人の前にカップとソーサーを置く。シュガーポットとミルクピッチャー、それからお皿に乗ったちょっとしたお菓子も一緒に。

「ん、ありがとう。」
「いただきます。っていうか、緋乃ちゃんいるんだったら俺今日来なくてよくない?」
「連絡できんかったのが本音じゃ。今だに電子機器の扱いは慣れん。カメラとかアンプくらいなら然したる問題じゃないのじゃが……。」
「……いい加減携帯の扱い慣れなよ。マネージャーさん大変じゃん。」
「迷惑かけている自覚はあるんじゃが、どうもあの最先端機器だけはのう……。」
「朔間さんちゃんとオフ分かってる?仕事のスケジュールならまだしもオフだけはちゃんと聞いておきなよ。」
「マネージャーが全部手帳に書いてくれてな。急な仕事以外はこれ見ればわかるから便利じゃな。」
「確か付いたのベテランマネージャーだっけ、こんな経験初めてだろうね〜。俺次いつ来ればいいの?」
「零、手帳これでしょ。」
「うむ、助かる。次は―――、なんじゃ薫くん。」

伏し目がちに紅茶を飲む姿を眺めながら話をしていると、何時の間にかいなくなっていた緋乃は手帳を持って帰ってきた。これ、突っ込めばいいのか?本当に恋人―――いや、熟年夫婦じゃないのか?

「いや、まるで熟年夫婦だなって。朔間さん何も要求を伝えてないのに全部わかってるから。」
「零が要求を言うとすっごく遠回しだから聞きたくないんだ。」
「酷い言われようじゃ。なにも熟年夫婦などじゃなくてもできるじゃろう。伊達に共に生活しとらんよ。」
「無理だから!一緒に生活してるって言ったって学院時代は家帰ってなかったじゃん!」
「棺桶でも学校に置いてたんでしょ?」
「え!?」
「本家もここも陽を通さない厚めのカーテンを使った天蓋ベットだもん。学校にはそういうの置けないでしょ?」
「緋乃ちゃんに全てお見通しだよ、朔間さん。」
「末恐ろしいのう。―――あ。」
「はいはい。持ってくるから待ってて。」
「何を!?」
「さっき焼いたアップルパイ。紅茶のおかわりも持ってくるね。」
「何なのさ!意味分かんないんだけど!ちゃんと会話してよ!」
「伝われば構わんじゃろう。」

緋乃が手ずから作ったアップルパイをおやつに食べ、結局晩御飯まで御馳走になった。食卓でも零の少しの反応を読んで大した会話もせずに欲しいものを渡す現場が何度もあって、こいつら何なんだと頭を抱えたくなる。緋乃の表情も随分柔らかく、まるで恋する乙女のように零を見ていたから所謂両片思いなのだろう。
その夜、一人暮らしの自宅に帰ってきた薫は電話帳の中からある人物を探した。

「もしもーし、凛月くんもう活動時間入った?」
『あれ、かーくんじゃん。俺に電話してくるの珍しいねぇ。大丈夫だよ?』
「今日朔間さん家行ったんだけど、幼馴染さん来てたよ。」
『あー、じゃああの現場見たんだねえ。俺には理解できない二人の行動。』
「ってことは凛月くんに対してはそうじゃないの?」
『俺は兄者ほど家で言葉足らずじゃないし。単に緋乃がいると珍しく緊張して口数が減るだけなんだけど。』
「両片思い?」
『そうそう、そんな感じ。緋乃も結構わかりやすいけど兄者は緋乃にだけは鈍感だから。無意識にああいう熟年夫婦っていうの?やられるとなんか腹立つから言ってやんないけどねえ。時間の問題でしょ。』
「……俺また緋乃ちゃんがいるときに行かなきゃいけないんだけど、あれ見てられるかなぁ。」
『気にしないに限るけど。寧ろよく観察してみたら面白いんじゃない?』
「それは心が折れそうだからやめとく。俺今女の子と遊んでないから腹立つし。暫くじれったい思いすればいいんだよ。」
『とか言って最後はキューピットするんでしょ?かーくん優しいねえ。―――あ、迎えだー。仕事行くから切るけど大丈夫〜?』
「嘘!仕事前だったの!?ごめんね。」
『いいよいいよ〜。兄者の世話焼いてくれてるからお礼みたいな?』
「もうちょっと素直になってあげなね。」
『考えとく〜。』

ぷつりという電話が切れた独特の音がして携帯を耳から離す。


あの黒髪熟年夫婦の実態は幼馴染という美味しい関係で実は両片思い。本当の夫婦になる日は、そう遠くないうちに来るだろう。
腹は立つけど大事な相棒の恋ぐらい、応援してやる。さっさとゴールインして全部お世話して貰え。そうすれば自分がオフに通う必要はなくなる。

―――二人が結婚した後も通うことになるなど、薫は微塵も考えてもいなかった。