追憶


翌日。彼女は自室の椅子に座り、窓の外を眺めていた。昨晩のことを思い出しながら。
あの後、テン紅は何も言わずに一葉の元へと帰っていったのだ。
その場に残された彼女は、心配になって駆け付けた采和により宮へと戻った。
宮へ戻った後は采和や双子の質問攻めにあって答えるのに苦労したのだ。

『…』

あの後、紡ぎたかった言葉を名前は思い返した。

≪なぜ、全て忘れたの…?≫

どうしても、言葉に出せなかったのだ。それは、答えを訊くのが怖かったから。
訊いて何になるのか。彼は答えてくれるのか。そんな思いで言葉を飲み込んだのだ。
大きな溜息をついて、彼女はまた、昔を思い懐かしむ。



***



『…また来たの?』
「来て悪いとは言われていないからな」

彼女の管理下の山に、あの日から彼は頻繁に通うようになった。
悪戯をしにくるわけではなく、ただ彼女と他愛無い話をする為に来ているのだ。

『貴方って不思議だね』
「…意味が分からん」
『話し方が刺々しくて冷たいのかなって思うんだけどね、接している内に温かい気持ちになってくるんだもの』
「頭がおかしいんじゃないか?」
『その言い方は酷いな』

冷たい白は、淡々と言葉を口にする。彼女はそんな悪態ついた言葉にも微笑んでいた。

『…山に封じられていた四凶が、逃げだした話を聞いたよ』
「それを知って、お前はなにを思った?」
『この国全てが、崩壊することを恐れたよ…』
「…俺たち神は簡単に逃げることが出来るがな」
『でも、人は…。人は、歌士以外はこの国を出たことがない。外の世界で暮らせもしない。この国と人が消える』
「だが俺たちには関係のない事だ。…お前にとっては、酷だろうけどな」

彼の視線が下へと向いた。彼女は「そうね」と返して空を見上げる。
彼は、この国の人も何もかも関係ないと思っている。
しかし、彼女はこの国と人を思い神としての役割を重く任じている。
二人の考えは真逆であり、逸れ合い一致することはない。それが彼女の一番苦だと感じていたのだ。



***



『…ん』

昔を思い懐かしんでいる内に、彼女は何時の間にか眠っていたみたいだ。
机に伏せていた顔を上げれば肩から布がずれ落ちる。これは自分が掛けた訳ではない。
だとすると、一体誰が…。彼女は思考を巡らして、部屋を見回した。
別段、いつもと変わりない部屋である。采和がやってくれたんだろう、と彼女は思い立ちあがろうとした。
だが、その瞬間足に力が入らず床へ崩れおちた。

『っ〜!!』

そのわけは、彼女は一番よく理解していた。
比企や白豪と同じく、逃げだした四凶の変わりに捕らえられた彼女は国の人柱となった。だが、比企や白豪に比べれば彼女は神としての力は弱い。その為…自身が今一番危険な状況にあることを悟っていた。
死が、近いのだ。彼女は椅子に縋りついて立ち上がり、荒い息を整える。

『もう、時間がないっ…』

それは、テン紅との別れが近づくことを差していた。何も聞かないまま、逝ってしまうわけにはいかない。
彼女は漸く決心した。そして貧弱になった体を抱きしめただ彼の事を思った。



10/12/25
11/06/25 修正



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -