(運命の鳥籠)


「ねぇねぇ、知ってる? あそこの花屋さんの彼!!」
「あぁ、あの人!? 美系で格好いいわよねぇ」
「しかもどこかの華道の家元何ですって!!」
「えぇー!! 玉の輿じゃない!!!」

 なんて話を、道端で耳にした。華道の家元のどこがいいんだろ?
 私は、次期家元となることが苦痛で仕方なかった。教室の帰りで知り合いがこっち方面にはいないからという理由で通った。あまり通らないこの道は賑わっていて、私としては少し変な気分だ。まだほんの少し寒い季節に、街中を着物姿で歩いていたら不審だろうか?
 周りの視線を気にしながら生きてきた私にとっては怯えながら歩いているようなものだ。だから地獄耳で人の話は情報として手に入れてきた。でも今回の情報は、何と言えばいいのだろう?その美系だか格好良いだか知らないが、華道の家元とかという花屋の彼に会ってみたい。
 ただ、そんな気持ちが心のどこかにある。この道に花屋は確か一件だけ…。私はほんの少し不安に駆られながらも花屋へと足を進めた。



■  □  ■




 花屋の花は全て生き生きとして沢山の種類があった。此処まで揃うモノなのだろうか、と考えて花々を見渡していると声を掛けられた。

「よォ。いらっしゃい」

 ビクリと肩を震わせてゆっくりとレジの方を振り向けば、今では珍しい煙管をくわえた男性。
 左目は眼帯と前髪に隠れている。確かに美系だ。目を奪われてしまう。彼はふーっと煙を吐くと面倒臭そうにまた話しかけてきた。

「ここらじゃ見ねぇ顔だな」
『そうでしょうね。ここに来るのは稀ですから』
「ほォ…で、どういった用件で?」
『用件って訳じゃありません。噂話を耳にしたので立ち寄っただけです』
「噂?」

 彼は机に頬杖をついて此方に視線を向けた。私は彼を見て言った。

『貴方がどこかの華道の家元という噂ですよ』
「……」

 そういうと、彼は眉間に皺を寄せて睨むようにして此方を見てきた。

『まぁ、噂は噂でしかないですし、信じろって言われない限り私は信じませんが』
「変な奴だな」
『…花、下さい。そこの水仙がいいです』
「はいよ」

 変な奴というのにムカついて話題をそらした。花を買っていくつもりはなかったが、ただ寄っただけというのも気が引けた。
 とりあえず、花を頼めば彼は真剣に選び方に入った。それを見ている限り、噂は本当かもしれないと思う。見とれていた間に作業は終わっていて、ずいっと花を寄こされた。

『有難う御座います』
「仕事だからな」

 それに苦笑してお金を払えば意外な言葉が彼から飛んできた。

「お前、どっかのご令嬢だろ」
『…は?』
「言動見てりゃ分かる。丁寧で優雅な振る舞いしてりゃそう見えんだろ」
『…そうですか。まぁ、そんなもんですよ。次期華道の家元ですから』

 その言葉に彼は小さく反応してレジから私へと視線を映した。

『なりたくなんて、なかったんですけどね…兄弟の中で出来が一番だからって。婿探しまで始まっているし…。鳥籠の中にいるのは、辛いですね』
「…逃げりゃいいじゃねぇか」
『逃げても無駄ですよ。…それでは』

 店を出ようとした時、おいと声をかけられて振り返った。彼は楽しそうな表情を浮かべていた。

「お前、名前は?」
『…名字名前、です』
「名前か。覚えておく。オレは高杉晋助だ」
『高杉さん、また来ますね』
「あぁ」

 彼が一瞬向けた笑顔に心が高鳴ったのは言うまでも無い。私は少し逃げるようにして、でも心を躍らせて家へと帰った。数日経ったある日。私はまたあの店へと出向いていた。

『こんにちはー…』

 何やら口論の声が聞こえる。奥へと進めば高杉さんと金髪の女性がもめていた。

「晋助様! お願いッス!! 戻ってきて下さい!!」
「俺ァ、帰る気なんかねぇぞ。前にもそう言った筈だ」
「それじゃ前家元が納得いかないスよ!!」

 飛び交う言葉に少し驚きながらも、入ってはいけないと足が一歩後ろに下がる。すると高杉さんが私に気づき口端を吊り上げて笑った。

「よォ、また来たんだな」

 その言葉に、金髪の女性は私の方を振り向く。私は少し遠慮気味にこんにちは、と言った。高杉さんは女性を脇に押し避け此方に歩いてきた。

『お邪魔でしたよね。私、帰ります』
「いや、直ぐ済む。おいまた子、帰れ」
「駄目ッス!! あたしが怒られるんスよ!! というより晋助様! 何で名字家のご令嬢がいらっしゃるんですか!?」

 その瞬間、私はえ?と固まってしまった。ちょっと待って下さい。何故高杉さんは知らなかったのに、この高杉さんの部下的なまた子さんと言う方は知っているの?

「あ? 名字家?」
「そうッスよ! 晋助様の高杉家に次ぐ位の家ッスよ!!!」
『なんとなく…話の流れが掴めた気がする』

 彼女は高杉さんを取り戻しにきた。そこでバッタリ私と出会ってしまった。しかもそれが彼の高杉家に次ぐ家の息女。これは、どうしたらいいんでしょう?

『あの…、帰ります。さようなら』
「あ、名字」

 私はそそくさとその場から逃げた。何か、自分を別の物と見られたような気がして。

「…てめぇの所為で逃げただろーが」
「えぇ!? あたしの所為ッスか!!?」
「ったく…あいつは名字家の次期家元だったのか」
「そういえば、名字家のあのお嬢さん、婿取りが始まってるらしいッスよ。でもお嬢さんにその気はまったくないらしいッスけどね」
「…ほォ」

 高杉は、ニヒルな笑いを口元に浮かべた。



■  □  ■




『え…?』

 突然の父の言葉に私は言葉を詰まらせた。

「お前に縁談の話が来ている。日にちは明日だ。準備しておきなさい」

 久しぶりに呼び出されたかと思うと、見合いの話だった。しかも予定は明日…。もう、完全に鳥籠の中から出られなくなった。あの日から、数日経っていた。もう、彼には会えない…。そう思うと、チクリと胸が痛んだ。何故、痛むのだろう? ぎゅっと胸に手を当てる。
 あぁ、そっか…。私は…彼を、好きになってしまっていたんだ。もう、戻れないけど。私は自室で声を押し殺して泣いた。
 翌日。私は母と一緒に見合いへと来ていた。でも相手の顔すら見れる気がしなくて、ずっと俯いていた。部屋へ入れば、母は相手の母と楽しそうに会話している。相手は無言。何も喋らない。勿論、私も。

「あぁ、私達がいちゃお邪魔ね」
「それじゃあ、後は二人で」
「「ごゆっくり」」

 そういって母親二人は出て行った。なんとも似ている…。それよりも、この縁談を断ろうと、私は俯いたまま口を開いた。だが、それよりも先に相手の言葉が飛んできた。

「よォ、また会ったな」

 …え?
 聞き覚えのある声に、私は思わず顔を上げた。真正面に座っているのは、高杉さんだった。私は唖然としていると、高杉さんはククッと笑った。

『え、あの…家に、戻ったんですか?』
「あ? あぁ、一時的にな」

 その一時的と言う言葉が妙に引っ掛かった。彼は立ち上がって私の隣へと座る。

「お前を鳥籠から出してやる。俺と共に来い」

 真っ直ぐと私を見据える瞳が、笑っていた。私は、言葉に詰まって、暫く経ってから口を開いた。

『いいんですか? …私、なんかで…』
「俺はお前に惚れてんだよ。お前以外はいらねぇ」
『……私も、高杉さんが好きです』

 恥ずかしかったけど微笑んでそういえば、高杉さんは満足そうに笑う。そしてぐいっと私を腕の中へ引き寄せ、耳元で囁いた。

「もう、離さねぇから覚悟しとけよ」

 その瞬間、私と彼の唇が優しく重なる。私は鳥籠から出ることが出来た。だけどまた、彼と言う名の鳥籠の中に収まったのだ。




(それで、いつまでこの体制でいれば…)
(あァ? ずっとこのままでいいだろ)
(つ、辛い……)

***
2010/05/08



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