あの人は変な人。仕事の割にはお喋り上手で、情報に一切金を取らない、代わりに笑いを求めている。変人の究極をいく人だと私は思い、そして、違うと知っている。彼が何を考えて行動しているのか、彼が何故変わったものが好きなのかなど、私には到底理解できないけれど、それでも、ただ一つ、分かること。それは、

「…名前」
『なんでしょうか』
「笑いが足りない」
『…まるで、植物が養分が足りない、とおっしゃっているようですね』
「植物は喋れない。その分の違いは大きいと思うんだけどねェ」

 そういい机に突っ伏した彼に、私はただ苦笑を零すことしかできない。理解しがたい彼の思想に無理についていこうとすれば、自分の頭が悲鳴を上げてしまうことなど容易く想像できてしまう。その前に、彼との会話はいつも似たり寄ったりで面白みに欠けていて、今の会話も今日は5回目だった。時折店を訪ねるファントムハイヴ伯とその執事との会話はとても面白い。そんなとき、飽きることなく笑っている彼に、私は安堵と、少しの寂しさを覚える。私とただ二人きりのこの空間に居る際、彼は声を立てて笑わず、ただ愉しそうに頭蓋骨を撫でで私との会話に没頭する。私は彼を愉しませることもできず、ただ飽きず同じ会話を繰り返すことで、お互いの距離感を保っているのだ。

『テイカー』
「何だい?」
『…今日は、どこかへお出かけにならないのですか』

 いつもふらりと店を出ては、いつの間にか戻ってきている。猫のような彼は、今日は暇だというのに店にいる。珍しいこともあるものだ、と私は思っていた。彼はそれに突っ伏していた顔を上げて、私を見やった。

「ん〜…今日は、どうもそういう気分じゃなくてね」
『珍しいこともあるものですね。明日は雨でも降るのでしょうか』
「今降っているのは雪だよ、名前」

 ヒッヒッと何がおかしいのか、笑いだす彼に私は小さく息をついて読んでいた本から視線をあげて、彼を見る。机に肘をつき、組んだ手の甲に顎を乗せ、口角を吊り上げた彼は、私をジッと観察するかのように見ていた。何も面白いことなどない、付き合いはまだ短いが、それくらいは分かっているのではないだろうか。そもそも、私がこの役職についたというのが何かの間違いのようなもので、人の死を盛大に着飾ることに興味はなく、私はただ誘われるかのように此処へ連れて来られた。
 私に記憶というものない。一応、訂正しておくが、彼と出会い此処で働く前までの、記憶だ。彼は私のことを知っているような口ぶりでよく話をする。記憶の無くなる前の私を知っているのだろうと、私は思っているけれど、彼はそのことについては何一つとして話してはくれない。だから私は彼の名前も知らない。ただ皆がそう呼ぶ葬儀屋から「テイカー」と呼ぶようにしている。

「そういえば、名前は冬の生まれだったねェ」
『…初耳です。それに、私は自分のことは何一つとして分からないので』
「そうだったね。名前は冬生まれでね、とっても寒い日の夜に生まれたのさ」
『そう、ですか』

 私の知らない私を、彼は知り尽くしている。日常の会話の中でただ平然と交えて語ってくるものだから、私の反応はどうしていいか分からないものへと変わってしまうけれど。そんな時、彼は決まって愉しそうに笑う。

「ヒッヒッ…名前は本当に面白いね」
『私は、ちっとも面白くないですが』
「小生が面白ければいいのさ」
『…テイカーらしいことです』

 そう付け足せば彼は席を立ち上がり、私へ歩み寄り、腰かけていた棺桶に彼もまた座った。そして読み進めていた本を取り上げられその辺に投げられてしまった。しおりを挿んでいない本を、どこまで読んだかなど覚えていないというのになんていうことをしてくれたのですか、とは口にするのも面倒だった。それどころか、彼は私の長い黒髪を指に巻きつけて愉しそうに遊び始めた。

『…テイカー』
「ん〜? 何か気に食わないかい?」
『…いいえ。強いて言うなら、なぜ側に来られたのでしょうか?』
「そうだねェ…」

 口元には弧を描いたまま、彼はぐいっと私の髪の毛を引っ張った。勿論、手加減はしているのだろうけれど、痛いことに変わりはない。そしていつの間にか腰に添えられていた手で彼の方へと引き寄せられる。慣れない私はびくりと体を震わせてすぐ横にある彼の顔さえ見ることが出来ずにいる。要するに臆病なのと、今の自分の心拍数が異常なことが原因だ。

「今から口説こうかと思ってねェ…」
『誰が』
「小生が」
『誰を』
「名前を」
『なぜ』
「愛しているから」
『どのように』
「優しく包み込むように」
『随分、前から考えいたのでは?』
「うん?」
『この作戦を』
「…そう、思うのかな?」
『…冗談です』

 淡々と続くお互いの口から飛び交う言葉。その度に彼は私のとの距離を狭めようとしてくる。鬱陶しいとは思わない、ただ高鳴る心臓は嘘をつくことが出来ないから、困る。私の肩に顎を落とした彼は愉しそうに喉を奥でくつくつと笑って耳元で囁いた。

「愛しているよ、名前」
『…テイカー』
「ん〜?」
『…私は、大好きです』
「……ん」

 満足したように笑った彼に、私は微笑み返す。ちょっとだけ覗いたその瞳は、とても優しげだった。ぎゅ、と抱きついてきた彼に私はそのまま身をゆだねて、そのまま瞳を閉じた。
 私は彼のことを、何一つ覚えてはいません。けれど、分かることはあるのです。少しずつ知っていっているのです。たとえ記憶が戻らなくても、いいのです。彼は私を愛してくれて、私は彼を愛しているのですから。それだけで、いいのだと思います。





 名前は、とても幸せそうに微笑んだ。彼女が笑ってくれるのは、とても嬉しいことで心が落ち着く。いや、いつも側に入れてくれるだけでも、どこか安心していられる、夢心地のようなものだ。彼女は、記憶がない。それは、小生が奪ったから。彼女が東洋の死神として恐れられ、そして散ったあの日。名前だけは、例え全ての記憶がなくなろうとも、体だけでも側に置いておきたかった。この先、彼女は何一つ思い出すことがないとしても、それでも、いいのだと、思う。
 あの時伝えられなかった言葉を、今は沢山、伝えることが出来るのだから。そして、届いているのだから。





***
(Title by カカリア)
2012/01/01



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