(それは彼自身に言ったのか、それとも分身に言ったのか)


「…お前、何してんの?」
『うっわ! …びっくりしたあ』

 廊下の片隅。こそっと見つからないように隠れていた筈のナマエであったが、彼はそれを不審に思って声をかけた。その結果、ナマエは肩を跳ね上がらせて、自身の顔を上へのけぞらせた。そこには鋭い瞳に呆れを含んだクラスメイトの彼は片腕をとん、と廊下の壁につけて体を預ける。

「人の話聞いてんのか?」
『聞いてるって、ハレルヤくん』

 ナマエのクラスメイトのハレルヤ・ハプティズムは「あ、そ」と適当な返事を返してナマエの視線の先を追った。そこには自分と瓜二つの顔が沢山の女子に囲まれている場面がある。

「行ってこねェの?」
『うん…、だって、いけないもん』
「…まあ、お前があの中に入ったらすぐにはじき出されるだろうよ」
『まあね、』

 そういって壁に背を預けて体育座りをしたナマエ。それを見たハレルヤもその隣にヤンキー座りの体制を取った。一見、不良であるハレルヤと優等生であるナマエは周りから見れば不思議なくらいだ。まるでナマエがパシリに扱われているか虐められているか、というところ。だが実際はそんな関係ではなく、至って普通の友人関係にあった。

「それ、本当に渡さなくていいのかよ」

 ハレルヤの差したそれとは、ナマエの手の中にある綺麗に包装されたお菓子だった。今日の家庭科の実習で作ったクッキーであることを、ハレルヤは知っている。大方、今瓜二つの顔を持つ者に集まっているのも、大半はクラスメイトであった。

「前も渡さないままで終わったろ。「次は、」って言ってた奴が諦めんのか?」

 自身とまったく同じ顔を持つ者――兄・アレルヤ・ハプティズム。それに片思いをしているナマエのことをハレルヤは友人として何かと気にかけていた。何度となく同じことを繰り返すナマエに、最近は呆れて果てているが。

『あのね、ハレルヤくん。私、やめようと思うの』
「…おい」
『諦めって、言われたってしょうがないけどね。でも、何度試したって、自分が変われないことに気づいているんだもん。この一歩さえ踏み出せれば、良かった。だけどね、私臆病だから、ダメなの』

 ぽた、と小さな掌の上に水滴が吸い込まれるように落ちて行く。それは段々量を増やして行くもので、ハレルヤは何ともいえずに表情を歪めた。前に、一度だけ「俺から渡してやるよ」といった事があった。だけど彼女は断固としてそれを断った。自分で渡さなければ意味がない、と。その強い瞳をハレルヤは初めて見た為に、それ以上は何も言わないでいた。そもそも、ハレルヤは遊び半分でナマエにちょっかいを出していたつもりだった。ナマエがアレルヤに惚れたことにいち早く気づいたのはハレルヤで、中々言いだせないナマエをからかい始めたのがきっかけだった。それが段々と仲が深まるうちに協力する羽目になっていたのだ。だが、その所為でハレルヤの心境も変わって行った。

「なあ、」
『…ん、?』
「それ、俺にくれよ」
『……え…?』
「あんな奴にやんの勿体ねェし。渡すの諦めんだろ? なら俺によこせ」
『ハレルヤ、くん』
「アイツな、甘いもの駄目なんだよ。それに受け取ったもの大半は食べきれずに俺んとこ来るし」
『そ、なんだ…』

 しゅん、という擬音語が似合いそうに表情に影を落としたナマエ。悪いことをしたか、とハレルヤは内心ひやひやしていた。だが次の瞬間、ナマエはそっと包装されたクッキーをハレルヤに渡した。

『貰って…今までの、お礼。色々、迷惑かけちゃったし』
「…」
『ああ、でもこれだけじゃ足りないね。次からのも、ずっとハレルヤくんにあげなきゃね』

 そういって控えめに微笑んだナマエにハレルヤはばつが悪そうに顔を逸らしたが、すぐにナマエに視線を戻す。

「ナマエ、」
『ん?』

駄目な奴でごめんな



(…え?)
(気にすんな)

***
(Title by カカリア)
2011/09/17



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