へらへらと笑うクラスメイトの姿は教室の中でも特に目立っているのは、そのコミュニケーション能力の高さと彼の相棒がひと際風変わりで他人の興味を惹くからだろう。目尻に涙を浮かべて、げらげらと笑い「真ちゃん、マジ歪みねぇ…っ!!」と腹筋を抑える姿はこのクラスでは見慣れたものだ。明るく気さくで誰とでも仲良く、気配りのできる人気者。そんなコミュ力高男こと高尾和成が元ヤンであったことを知るのは、おそらく秀徳の中で私だけだろう。










 名字名前と高尾和成は同中出身ではあるが一度もクラスが一緒だったことはなく、委員会などでも関わりを持ったことがない。だから勿論、話した記憶もない。というか、中学時代の高尾は彼女にとって話しかけられない存在だった。
 現在のいつも人当たりの良い態度で笑っている奴とは全くの別人、「目があったら殺される」「話しかけたら校庭に埋められる」「半径三メートル以内は危険領域」…等々の噂が飛び交うまさしく人を寄せ付けない問題児。その問題児がまさか自身と同じ秀徳高校を受験していたなんて知らなかったし、気づいたのは登校初日にクラスに入った直後で、思わず悲鳴をあげそうになった衝動を必死に抑えた自分を帰宅後に褒め称えたのは記憶に新しい。それからしばらくは視界の隅に入れないように、廊下で鉢合わせたりしないように自然に避け、席替えは近くにならないように必死で祈った。ただ席替え結果は高尾の横列、彼を中心にして右に二つ、つまりは田中君を挟んで名前の席となっている。(近い、近すぎる!)
 視界にだってぎりぎり入っているし嫌でも声は聞こえてくる。だったらできるだけ関わりを持たないように近寄らず目立たずにしていけばいい、そして同中出身とバレなければ問題


「ねぇねぇ、名前ちゃん。高尾くんと同中出身ってほんと!?」

「えっそうなの?」

「うっそー! なんで教えてくれなかったの?」


 …ないと思っていた矢先にこれだよ!と名前は内心絶叫とも言える悲鳴をあげた。


(どっからバレたのこの情報! 私誰にも言ってないしましてや他に同中出身者はいないはず。これだからミーハー女子の情報網は舐められないんだよ! てか教えて何になるの! いや、それよりも今浮上している問題は、)


「え、委員長ってオレと同中だったの?」


 一個とんでお隣さんの高尾本人にバレること、もといバレたことだ。あ、やばい殺される絶対に殺される八つ裂きにされる。なんて嫌な汗が滲み始める中、不用意に変なこと口にしないように必死で平静を保ちながら彼女はにこりと笑みを張り付けた。


『うん、高尾と同じ中学だったよ』


 怖くて高尾の顔…目を見て話すことはできないので名前はあえて女子の方へと顔を向けて話す。すると高尾がするりと田中君の席へと移動して身を乗り出してきた。


「うわっ、マジで? 全然気づかなったんだけど」

『(怖い怖い怖い怖い)あはは、私影薄いから』

「いやいや委員長は影薄くないっしょ! 俺が気づけなかっただけだって。あ、もしかして高校入ってイメチェンしたとか!?」

「おっ、名前ちゃん高校デビューしたの〜?」

「仲間仲間! あたしも高校デビューしたよー!」

「あんたには聞いてないから! あと勝手に仲間認定しない!」

「え〜、委員長違うの?」

『特に何もしてないよ』


 そう返しつつも自身の顔色を窺ってくる高尾の視線を痛いほど感じ、早く休み時間終わらないかなぁと時計に目をやりたくなる衝動を必死に抑える。ちなみに委員長とは名前が学級委員長を務めているので名前ではなくそう呼ばれることも多いのだ。数分前の自分に今すぐこの場から逃げろと忠告できたらどんなに嬉しかろう…現実逃避したい欲求に駆られながらも名前は表情を崩さない。


「あっ、ねぇねぇ委員長! 高尾ってさ、中学の時どんなだったの?」

『っ、』


 興味津々といった丸い瞳に純粋な質問を向けられた瞬間、彼女の息は詰まった。それは一番聞いちゃいけない質問ナンバーワンだよ、と内心怒りのツッコミを入れてしまう。


「わたしも聞きたい! 高尾くんていまとおんなじ? それとも違う?」

「ちょっとちょっと〜! みんな俺のこと知りたければ俺に聞けばいいじゃん!」

「周囲に聞いた方が面白いんだよ! で、どんなんだったの?」


 教えろと強要する幾つもの瞳に見つめられる中、猛禽類を思わせる双眸の存在は大きかった。顔はいくら面白半分で笑っていようが、その目の奥に潜む鋭さが消えることはない。生きた心地がしないというのはこういうことなのだろう。


「教えてよ〜いいんちょ〜!」痺れを切らしたゆるふわ女子に高尾が心外だと言わんばかりに口を開いた。

「もー! だからさぁ、『変わらないよ』


 だが、名前はそれを遮った。


『いまとおんなじ、全然変わってないよ』


 ね、高尾。と意を決して彼を直視すれば、驚いたように目を瞠る彼と視線が交わるがそれは一瞬にしてへらりと崩れる。「そそ! 委員長の言う通りだっつの!」


「え〜つまんなぁい」

「でもモヤシっ子とかだったらウケるよね」

「高尾がモヤシとかまじヤバいから!」

「お前ら人のこと好き勝手言うとかサイテー! 高尾ちゃん泣いちゃう!」

「うっわ、キッモ!」


 そうケラケラ笑いに包まれる周囲をよそに彼女は笑みを浮かべつつ席を立った。『トイレ行ってくるね』「いってら〜」という会話を済ませて足早に教室の外に出る。人で賑わう廊下を歩きながら安堵の息をつく羽目になるとは。五限目から平常心のままでいる自信がない今、向かう先は保健室。入学してから一度もエスケープなどしたことがなかった名前だが、この非常事態ではとりあえず冷静な思考回路を取り戻さなくてはいけないと授業を放棄することを決意した。


(嘘ついてよかったんだよね…)


 あの場で実は元ヤンなんです、だなんて口にしたら消されるのは確実だったはず。それならばいっそ嘘をついて保身に走った方が自身にとっても高尾にとっても最良の選択になる。そう思って口にしたものの、心から安堵できないのはどうしてだろう。


「どこのトイレに行くつもり、委員長?」

『っ!』


 頭上から降ってきた声に名前は階段を踏み外しそうになったものの、足をついた先が踊り場だったことが救いだった。そろりと持ち上げるようにして振り向いた階段の上には手すりに片手を置いて自身を見下ろす高尾がいた。


『高、尾…』

「二年のトイレ、とっくに通り過ぎてるけど? もしかして三年に用事とか?」

『…ううん。保健室に行くところ』

「……ふぅん。じゃ、オレもついていこっと」

『え、』

「だってオレ、保健委員だし?」


 なんも問題ないっしょ!と笑う高尾がすぐ目の前まで下りてきていたことにびくりと肩を揺らし、名前は泣きたくなるような思いでそっと嘆息をこぼした。そんな彼女の隣に並んだ高尾はやれやれといったように肩を落としてぼそりと呟いた。



元ヤン高尾と委員長ちゃん





「そんな怯えなくても殴ったり蹴ったりしねーって」



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