今度の戦は今までの比にならないほど苦難するものだと聞きました。その言葉に、元親は「ああ」とただぶっきらぼうに返事をしただけでした。武器である錨をいつもよりも丁寧に磨く元親は、いつもと変わらぬ表情をしているのが、私には何故か分からない。どうして。いつもより凄い戦になるっていうのに、どうして表情一つ変えないのだろう。今までの戦だって沢山の命を奪い、奪われてきた。それ以上の命が今度の戦で犠牲になろうとしているっていうのに、自分の命だって危ういっていうのに、なんで。

『元親様は馬鹿なんですか』
「はぁ? 訳分かんねえこと言うんじゃねえよ名前」
『至って真面目な話ですよ、元親様』

 私の一言に、元親さまは磨く手を止めて私の顔をじっと見てきた。

『大きな戦の前だといのに、顔色一つ変えずに武器を磨いているなんて…私には到底理解できません』
「俺だって本来なら険しい顔しているだろうよ」
『では、何故、』
「お前がいるから」

 ――不安な表情なんか見せられねえだろーが。

 小さく笑った貴方の表情に影が一瞬だけ差した。ああ、私の為だったんだ。ごめんなさい、気づいてあげられなくて。そう謝れば「いいって。お前が謝ることじゃねえよ」と優しく頭を撫でられた。
 私達は両親が決めた許嫁だった。小さい頃から互いに遊び学びあった。互いを男女として意識し始めたのは15を超えた頃だった。許嫁の話をずっと聞かされて育ったから、別段何も変わりはしなかった。お互い、嫌でもなかった。だけどまだ、挙式をあげてはいない。戦ばかりが続き、そんな暇もなかったから。でも、その戦も今度の戦で落ち着く。相手は、中国の毛利と聞いた。もう何度も対戦してきた相手。どちらも手のうちが知れてしまっているのかもしれない。毛利は頭がキレる。今までの戦が長続きしてきたのだって、彼の頭脳が凄いからだ。それがやっと終わる。

「おい、名前大丈夫か? さっきから顔色が暗いぞ」
『――やっと、夫婦になれるのだな、と思いまして』
「…長く、待たせちまったな」
『いいえ、いいんです。元親様は悪くありませんよ』
「…そうか」
『絶対勝って、式を挙げて下さいね』
「ああ、約束だ」
『破ったら承知しませんから』

 クスクスと笑えば、「俺が破る筈ねえよ」と額を小突かれた。痛い、とむっとした表情を見せれば「悪ぃ悪ぃ」と笑って抱きしめられた。この温もりを長く感じていたい――そう、思った。なのに――

「姫ッ!! 今、連絡がありましてッ」
「元親様がお討たれに…ッ!!!」
『……え――?』

 これは夢、酷い夢だ。なんて言い聞かせられるはずもない。なんで、ねえ、元親。なんで?約束はどうなるの?

「今すぐお逃げになって下さい!! 毛利の軍が姫を捕らえにやってきます!!」
「姫っ!! 姫様!!」
『も、とちか………』

 侍女の言葉など耳に届いても消えて行く。アナタの死が私にとってどれだけ大きなものなのか――それは、アナタの存在と同じくらい大きいのに。私は毛利に捕まるのでしょうか。ねえ元親…助けに来てよ。俺は死んでいないって、笑って助けに来てよ。ねえ、



(約束をしました)
(戦から必ず戻ってくると)
(だから…――私を置いていかないで)

***
2011/04/05



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