『……リボーンさん』

 「彼氏持ちの女が、男の部屋に入ってくるんじゃねえよ」と毒づけば、彼女は小さく笑って謝った。その笑みはどこか遠くにいるようにも思わされてしまう。

「で、今日はどうした」
『…別れよう、と思うんです』

 目を通していた本から視線を上げて、扉の前に立ったまんまの彼女を見れば、笑ったままだった。少し眉を顰めれば困ったような表情に変わった。

「なんで、そう思った」
『…なんとなく』
「嘘つくんじゃねえよ」

 優雅に足を組み直せば、彼女はその場に座り込んだ。今年で何度目だ、と思いたくもなるがそれを言えば彼女は謝って出て行ってしまうだろうことを、安易に予想出来てしまっていた。

『コロネロには、私は必要ないんです』
「そんなわけないだろ。アイツはお前にベタ惚れだったじゃねーか」
『……』

 彼女は困ったように微笑んで、やがて口を開いた。

『昔は、そうでしたよ。でも気づいたんです。それは、私を代わりにしているだけだって』

 誰の代わりかなど、口にはしなかった。分かっている、と彼女は思っているし、その通り、俺もその代わりが誰なのかを知っていた。それを今気づいたとすれば、違う男の所に逃げ込むのも仕方ない。

「それで、俺んとこに逃げてきたのか」
『…気づいたのは、1年も前の話ですよ』
「ああ……確か、その頃からココに来るようになったな」

 記憶を辿れば確かにそうだ。彼女は俺の元に来るのは珍しいことで、1年前から徐々にココに来るようになった。彼氏を放っておいていいのか、と訊ねればいつも笑って「今日は私が放っておかれているんです」と答えていた。

『コロネロは、あの人をいつも目で追っています。その瞳を見ると、いつも悲しくなるんです。私は貴女の代わりにはなれないんだ、って。それなのに、本当の気持ちを隠して私に笑顔を向けてくれている。それが、私には辛い。…コロネロには、本当に笑ってくれる人の所で幸せになって欲しいんです』
「…それで、お前は幸せなのか」
『そんなの、決まってるじゃないですか』

 美しい微笑みを浮かべた名前は、瞳から一筋涙が流れた。そして嗚咽混じりに「幸せですよ」と嘘をつく。馬鹿だな、お前は。好きな男を手放しても、それが自分の幸せと言えるなんて。俺には到底理解できねえな。いい年こいた大人が体育座りで蹲って泣くのも、見る奴にとっちゃあ滑稽だ。一つ溜息をついて、俺は立ちあがって名前の元まで歩いて行く。そしてそっと帽子を被せれば、鳴き声が少し大きくなった。

「無理してっから、そんなことになんだ馬鹿」

 そう呟いて、扉に背を預ければ「リボーンさんこそ」と言葉が返ってきた。そうだ。俺も馬鹿だ、こんなお前につき合ってやる義理などないんだから。それでも俺がお前の側にいるのは、お前が一度でも寂しいと口にしないから。そうやって意地を張り通し続けるのも、ここらで終わる。前にアイツから頼まれた一言を思い出す。

「名前を幸せに出来るのは、お前だけだリボーン」

 馬鹿なことほざいてんじゃねぇよ。なら最初から付き合うな。半端なお前と本気の名前じゃやってらんねえだろうが。俺はふっと笑って「そうだな」と先程の言葉に答えれば小さな笑いが下から聞こえた。



(君の)
(その優しさと奴の思いに)
(俺は嫌気が刺したんだ)

***
(Title by Discolo)
2011/04/01



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