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軽かったそれは鉛の羽根へと変化した
スローワルツ「名前、部活見学いこー」
『あ、うん。ちょっと待ってて』
「はいよー」
急いで必要な物を鞄に詰め込めば、友梨は「そんな急がなくてもいいよ」と微笑みを浮かべた。今日は殆ど、授業といった授業はなく校舎案内とか説明とか、入学後の実力テストと化で潰れた。用意を終えて鞄を肩にかけて、友梨へと体を向ければ「よし、いこ」と二人仲良く教室を後にした。
***
「でさ、あの問題さー」
「あー、あれは最早無視したね。数学苦手だもん」
「うちもうちも。応用過ぎるっしょ」
友梨に付き添ってバドミントン部の見学へと足を運ぶ最中、話題はやっぱり今日のテストだった。国語は余裕だったんだけど、如何せん数学はーと愚痴っているうちに体育館へとついた。
『ここかー』
「ぽいね。じゃ、入ろうか」
友梨は元気良く扉を開けると中へと入って行く。私もその後をいそいそとついて行けば、…人数がいないその練習に驚かされた。先輩達はどうやら私らの存在に気づいたみたいだが、一瞥しただけで普通に練習に取り組んでいた。
それに気分を害した私は「なんだコイツら」と小さく呟く。それが聞こえた友梨は、「まぁまぁ」と小声で宥めて、そして先輩達の所へと駆けていった。
「あの、すいません。見学させて貰ってもいいですか?」
「あー…いいけどさぁ。うちの部活今3人しかいないし、見てもつまんないよ?」
「あ、いいんです。ただ見学するだけで「それに、新しい子入ってきても困るんだよね。邪魔だしさぁ」え…」
その声音は明らかに「入んじゃねぇ」と主張していた。彼女の目の前に立つ友梨は、表情を強張らせて、見下す相手の顔を見上げた。
「今年誰も入んなかったら部活潰すって言われててさ、うちらもすぐ引退になるんだよねー」
「は…?」
「まー、そーいうことだから。悪いけど」
そういい、その人は練習へと戻って行った。私に背を向ける友梨の表情は確認できないが、こりゃどうやら点火させた気がする。その証拠に、両手に拳を作っているしね。初っ端に問題起こすのは、私でもルカでもなく、友梨か。と私は遠目に友梨がどう出るか伺っていた。
「…失礼ですけど、」
発せられたその声はかなり低く、そして怒りそのものだった。
「アンタら、馬鹿じゃねーのか?」
おー、これは結構まずいなぁと思いつつもまだ止める気にはなれない。先輩達は友梨の挑発的な一言に反応して「はぁ?」というような表情になった。
「あたしがなんで大して強いわけでもないこの学校のバド部に入ろうと思ったか分かるか? あたしはそういう所で一から積み上げて皆で協力して喜びを分かち合いたかったんだよ」
「ちょっと、何言ってんの?」
「なのに、こんなくだらない連中のカスみたいな部活動だと思わなかった。潰れて当然だな」
「はぁ? お前、いい加減にしろよ」
「いい加減にすんのはテメェらの方だろ。お遊び程度の感覚なら、とっととやめりゃよかったじゃん。なのにいつまでもグータラグータラ…反吐が出る」
「アンタねぇ…!」
今にも手が出そうな先輩方に、友梨はきっと挑発的な笑みでも浮かべているのだろう。仕方がない、止めるか。と一つ溜息をついて私は「友梨」と彼女の耳に届くような大きさで名を呼んだ。
『かえろ。ここにいたって、友梨の望むものは何一つないよ』
「………だな、別んとこ行こう」
そういい、先輩方に背を向けて歩き出した友梨の背中に、いつくかの舌打ちと罵声が飛んできた。それにめんどくさそうに溜息をつく友梨も友梨だ。私の隣に立った友梨の背中を、ぽんと軽く叩いて体育館から出た。
その後、行くあてもなくふらふらと校内を歩きはじめた時、友梨が重たく口を開いた。
「ごめんな、名前」
『…なにが?』
「あたし、高校入ってもバドするって言った。全国優勝してみせるって言った。だけど、」
『いいよ、別に』
友梨の言葉を遮れば、今まで俯いていた友梨が私を見た。それに安心させるように笑って、言った。
『私に謝らなくても良いよ。だって、友梨の人生だもの。好きにやっていいよ』
「名前……」
『私も、嘘はつくよ』
「…ありがと、名前」
『どう致しまして』
まだ、引きずった思いを抱えたまま笑った友梨に、少し心が痛んだ。友梨はきっと、悔やむだろう。自分が大好きで続けてきたバドミントンを絶ってしまうことに。それでも彼女が選んだ道なら、私は何も言わないことにする。
『ルカんとこ、行こうか』
「…そうだね」
だから、その手を引いて私はバスケ部の体育館へと走り出す。それに一瞬よろけた友梨はすぐに体勢を立て直すとにやりと不敵な笑みを浮かべて、引いていた私を追い越して、今度は私を引っ張って走る。流石、運動神経抜群のスポーツマンだな、と笑った。
***
――バスケ部の入口には、ちょっとした人だかりができていた。どうしたものだろう、とは思ったが友梨が手を取っている為に、こういう場に入りたくないという気持ちとは裏腹に「ごめん、入れて」と友梨が割り込む。その中にはクラスメイトの赤木晴子の姿もあった。
「名前、なーんて顔してんの」
『あ? あー、うん…』
「名字さん、賀茂さん!」
「ん? あ、赤木さんだ。やっほ」
赤木さんの存在に気づいたのか、友梨は小さく片手をあげて挨拶すれば、彼女は表情を綻ばせた。
「誰か見に来たの?」
「うん、ちょっと楓をね」
「る、流川君をっ?」
軽く声の裏返ったそれに、名前は心の中で小さく溜息をついた。それをなんとかするか、と小さな声で呟いた。
『ルカ、頑張ってるね』
「ん、そうだね」
やっぱり、友梨は反応を示してくれた。これで暫くは赤木さんが話しかけてくることもないだろう。あ、別に赤木さん自体に嫌な感情を頂いてるわけじゃなくて、友梨に支障がないように、一応ね。
と思ったら、ルカがどうやら気づいたらしい。本当に友梨の声には敏感に反応するんだよなあ、アイツ。友梨もそれに気づいて、口パクで「頑張れ」と伝えるとルカは小さく頷いて練習に集中する。仮入部だっていうのに、気合入ってる。ルカのバスケにかける思いは、昔から変わらない。
「あ、名前。アヤ先輩いる」
『えー? あ、本当だ。アヤ先輩ー』
練習に支障が出ないように中学時代の先輩の名を呼べば、彼女は気づいたようだった。驚いたように目を見開くと、嬉しそうな笑みを浮かべて駆け寄ってきてくれた。
「名前、友梨っ、久しぶりねぇ」
『「お久し振りです、アヤ先輩」』
2人声を揃えて挨拶すれば「変わらないわね」と彼女は綺麗な笑みを浮かべた。
「まさかコッチに来るとは思わなかったわ」
『んー…そうですね。立海でもよかったんですけど、』
「なんか、地元が懐かしいっていうか」
友梨の言葉にアヤ先輩は、まったく、と肩を上下に動かした。そして思い出したように詰め寄ってきた。
「友梨、バド部はいいの? 名前もバレー部は?」
『私は、もうバレーはいいんです。十分やりましたから』
「あたしは…今見てきたんですけど、失望しちゃって」
「だから、楓のとこ行こうかって見に来たんです」と友梨は困ったように笑った。それにアヤ先輩は困惑した様子で「そう」と答えた。多分、他の部活動の現状なんて、あまり分かるはずもないんだろうなと思う。自分のことで精一杯だろうし、そんな内部の事情まで関わっていたらおかしいし。すると、アヤ先輩は何を思いついたのか私達の肩に手を置いて、そして。
「なら、うちのマネージャーやらない?」
「え?」
『は?』
共に呆けた声を出してしまったのは仕方がないことだろう。意外な一言だった為に、お互いに顔を見合わせてそしてまた先輩へと視線を戻す。
「無理にとは言わないしさ、良かったら考えてみてよ」
「はい」
『…分かりました』
マネージャー、か。やる気なんて、さらさらないのに適当な返事して。
別に、マネージャー業が嫌いなわけじゃない。なんたって、中学時代はバレー部と掛け持ちでテニス部のマネージャーを務めていた。あんなに厳しいとは思わなかったけど、それが案外楽しくなったのも事実で。自分で、何が嫌なのかは分かっている。だけど。
「…なんつー顔してんだ」
『! …ルカ』
かけられた声は、聞き慣れたルカのものだった。相変わらずの無愛想な表情で私を見下している。
「楓、どうかした?」
友梨は、私の変化にまだ気づいていない。だというのに、この男…表情一つ変えていない私の曇りを見抜くとは。
「…帰る」
「え? 帰るって、」
「…終わった」
『あ、仮入部は確か…5時まで、だっけ?』
困惑する友梨と、いたって普通のルカ。それに付け足すような私の言葉。そうだ、私はいつだって…。
「じゃ、早く帰る用意してきなよ楓。待ってるから」
それに返事もせずにさっさと部室へと向かっていくルカ。その様子を、さっきとはまた違う笑みを浮かべて見送る友梨。その瞳は、とても優しくて温かい、彼にだけ向けられるものだということを私は知っている。だから、だからね…誰からも好かれる友梨。貴女に向けられた多くの視線に気づかずに、ただ一人を一途に思い続けている貴女を、私は羨ましく思ったんだ。
いつになったら飛べるのか(私の秘めた醜い思いなど、誰も知らない――)
***
120703
卑屈悲観的ヒロインが想いを捨てきれないB