そして一週間後。こんなに一週間が早いだなんて思ってもみなかった。父さんと母さんは1時間前の飛行機で既にヨーロッパへと旅立ってしまった。みっちゃんに駅で抱きつかれたまま大泣きされてかなりの悪目立ち状態。でもそれと同じようにジロ君までもが抱きついて大泣きするので、周りからの視線が痛かった。でもカズ君が助けてくれたのでなんとかなった。本当にカズ君には頭が下がりっぱなしです。

『えと、じゃあ、行ってきます……?』
「まあ、強ち間違ってないと思うけど。家族って面では合ってるし」
『それなら良かった』

 ほっと息をついた私を見て、普段から感情を表に出さないカズ君は珍しく笑った。本当に笑ったのは小さかったけど、私にしてみればそれで満足だった。カズ君は感情の起伏を殆ど表に出さないから、小さい頃は合う度に怯えてた。というか、感情の全てはジロ君とみっちゃんに行ってしまったくらいに凄かったのだ。でもカズ君に悪気があったわけじゃないし、とても親切にしてもらった。

「で、ジロー。名前が困ってる」
「嫌だああああ!!名前と離れるなんて絶対に嫌だ!」
『ジロ君…』

 これでも君は本当に私より年上なのかという視線を送った。ジロ君は私の一つ上の学年だ。だというのに言動も行動も少し幼い。ああ、それから感情も。でも、それが良かったりする。ジロ君がカズ君と同じように感情の起伏を見せなかったら、私は心を開かなかったと思う。

『ジロ君、いつでも遊びに来ていいから。国内なんだよ?会えない訳じゃないでしょ?』
「そうだけどさあ〜……寂Cーもん」
『…そうだね。私も寂しい。けど仕方のないことだからさ…分かって?』
「うー………そっか。仕方ないことだもんね」

 ジロ君は悔しそうに、いや、寂しそうな表情をして私と視線を交えた。年下に見えてしまうその姿に、私は小さく微笑んで「またね」と言った。彼はただ小さく頷き「絶対だから」と呟いて、笑って見せてくれた。そして私は3人に別れを告げて、新幹線の中へと乗り込んだ。



■  □  ■




 大阪。駅を出てすぐにその賑わいに私は少し懐かしさを感じた。小学校2年生から、4年生までいたこの街。たった2年だったけど馴染めた街だ。そういえば、幼馴染と呼んでいいか分からないけど、家が隣だった少年がいた。ぶっきらぼうで、そんでもって不器用な優しさを持っていた。彼は元気にしているだろうか?
 私が前に住んでいた所から、今から向かう柊兄さんの家は少し遠い。それにそこに行ったって向こうは覚えていないかもしれないし、迷惑だと思う。けど、逢いたい。今、彼はどうなっているんだろう。そう思うとより一層懐かしさに胸を押しつぶされそうになる。
 ああ、いけないいけない。兄さんの家に急いで行かなければいけない。つい先程、兄から電話があって「悪い、急に客が来て迎えにいけない。家まで一人で来れるか?」なんて事を言われた。それに不安な気持ちを押しかくして「大丈夫だから!」と返答して電話を切ってしまった。幾ら馴染んだ街だからといって、道まで正確に覚えていられる筈がない。
 仕方ないと溜息をついてタクシーに乗り込んで目的地の住所をいえば、運転手さんはすぐに車を発進させた。道を尋ねるだけでも良かったんだけど、こういう時タクシーの運転手さんは頼りになる。
 車を発進させてからというもの、私は周りの景色に没頭する。いや、実際には景色ではなく…その景色に紛れ込む≪人ならざるモノ≫に没頭している。というのも近年にないほどうじゃうじゃとうろついているのだ、それらが。まあ、度重なる転校もこれらを祓う為である。父さん、分かって私を大阪に来させたな。
 ふうと小さく息を吐いて、周りを観察していればあっという間に目的地に到着。どうやら兄の家の周りには、結界が張ってあるから悪霊たちがいないようだ。運転手さんにお金を払いお礼を言って、いざインターホンへと手を伸ばす。この馬鹿でかい3階建ての家に一人で住む兄さん。一体どんな暮らしをしているのやら。1年振りの再会に少しの期待とかなりの不安を募らせてインターホンをゆっくりと押した。ピンポーン。その音が鳴るとガチャ、という音が聞こえて低い声が発せられた。

「はい、どちらさまで?」
『あ、兄さん。久しぶり、名前です』
「ああ、名前か。待ってろ、今開けるから」

 兄さんはそういって音声を遮断すれば、すぐに玄関の扉が開いて兄が顔を覗かせた。1年振りの再会となる兄は、外見も雰囲気もさほど変わっていなく、なんだか安堵した。兄さんは小さく笑って、私を家の中へと招き入れた。

『お邪魔しまーす……』

 実の兄の家に、「お邪魔します」は変だっただろうか?兄はクスクスと笑った。玄関で、男物の靴が一足、綺麗に並んであった。電話で言っていたお客さんだろう。リビングに行っても平気だろうか?そう兄に訊ねれば「大丈夫だ」という即答が。早速リビングに足を踏み入れれば、そこには兄より年上だと思われる男性がソファに座っていた。髪は黒。襟足が肩についていて、ややゴツめのアクセサリーを身につけている。彼は兄を見た後、一度私と兄を交互に見やる。そして――

「お前とは似ても似つかん妹やな」
「雰囲気と言葉の刺々しさは大分似ていると思いますよ」

 そう答えた兄に彼は「マジか…」と大袈裟に頭を抱えるふりをして見せた。クールに見える外見とは別に、彼はきっと関西人としてのノリが備わっている筈だ。私はちらりと彼に視線をやれば、ばちりと視線が合ってしまった。

『えっと……初め、まして。名字名前です。兄がいつもお世話になっています』

 そういいペコリと頭を下げれば、「ぶっ」と噴き出す音が聞こえて咄嗟に顔をあげた。それは彼が細く鋭い瞳をこれでもかというくらいに大きく広げ口元を片手で覆っていた。

「え、何…全然お前とちゃうやん。めっちゃくちゃええ子やん」
「そう見えるのは最初だけですよ」
「いやいやいやいや、物腰柔らかそうなええ子やないか。遺伝子おかしいんとちゃうん?」
「そういうはやとさんも、全然似てない弟持ってますよね」

 兄は何気に酷いことを言った後に、小さく溜息をついて私をソファへと促した。私は取りあえず、荷物を近くにおいて兄の隣へと腰掛ける。

「そうお前に言われると敵わんな、柊」
「口が達者なのが取り柄ですから」

 私は小さく笑ってしまった。兄と准さんの会話が成り立たないようで成り立っているのが面白いからだ。すると、二人の視線は私に向けられる。流石のそれには私も笑うのを止めて「ごめんなさい…」と謝る。

「いやいや、謝る必要あらへんよ、…えーっと…名前ちゃん?」
『すいません、つい…二人の会話が面白くて』
「そうか?俺としては、この人がきた所為でお前を迎えに行けなかったことが残念だ」

 そういった兄に、准さんは「はあ」と盛大な溜息をついて見せた。兄は自分より年上の人にも容赦がない。特に、深い関わりの人ほど。

「ああ、せや。自己紹介してへんかったわ。俺は財前准。ちなみに歳は24や。よろしゅうな」
『あ、はい。宜しくお願いします』
「名前、あまり深くこの人に関わるなよ。いつも面倒事に巻き込まれるからな」
「面倒事って…ただの喧嘩やろうが」
『え、喧嘩…?』

 不思議に思って訊ねてみれば、兄は怪訝そうな表情をして答えた。

「この人、結婚するまで自分の庭仕切ってた…まあ不良だ」
『リーダーですか…って、結婚?…既婚者だったんですか!?』
「はははっ。そう見えへんやろうな?結婚して俺は引退いうわけや。ついでに子供もおるで?」
『ええ!?ちょっと言っちゃ悪いですけど、デキ婚じゃないですよね…?』
「………。流石柊の妹や、同じこと言いよる」
「安心しろ。こう見えてもデキ婚するような人じゃない」
「こう見えてもって……お前なあ。はあ…まあええわ。ところで、名前ちゃんはどこの学校行くん?」
『あ、四天宝寺中学校です。ここからだと、遠いかも知れませんけど』
「えっ…ちょ、待って。名前ちゃん、中学生やったん?」
『え、はい。これでも、中2なんですけど…幼く見えます?』
「いや、寧ろ逆やな。高校生かと思うとったわ…ん? ってことは…」
「そうです。弟さんと同い年ですよ」
『そうなんですか?』
「ああ。アイツも四天に通ってんねん。まあ、会うたら仲良くしてやってや」
『はい。にしても、随分と歳が離れているんですね』
「ははっ。よお言われるわ」

 准さんは苦笑して、置いてあった珈琲を口にした。兄さんは「何か飲むか?」と気遣ってくれたので、遠慮せずに頷いて「ミルクティーある?」と聞けば笑って「用意しておいた」と冷蔵庫へと向かって行った。准さんはそれを一瞥した後、私の方へと視線を移した。

「そういえば、名前ちゃんも視えたりするん?」

 兄と付き合いが長ければ、きっとこういう話題は出て来るものだと思っていた。私は小さく苦笑して、それに答えた。

『兄と比べれば少し劣りますけどね』
「優劣の問題でもあらへんやろ。それに、かなりチカラあるみたいやし」
『分かるんですか?』
「俺も、一応は視える人やから」

 ああ、成程。と私は口にしそうになって慌てて口を閉じた。そういう人が兄を頼りに寄ってくることは少なくなかった。でも兄は自分からチカラもことを話すことはない。話して得することでもないからだ。私も人に何か言われるまでは黙っている。そうでないと、ただの変な自慢になってしまう。特に小学生の頃なんか、そんなことを口にしたら気味悪がられて孤立させられてしまう。ああ、でもそういうことはなかったんだけれど。これでも脳みそ活発ですから。

「准さんが視えるようになったのは、奥さんと付き合い始めてからなんだ」

 奥から戻ってきた兄は、私の前にミルクティーを置いて隣に座る。

『それって、影響ってことに、なる?』
「そうやなあ。間違ってへんと思うわ。元々俺はチカラはあったんやけど本当に微弱でな。あいつと付き合い始めたらそれが嘘だったようにはっきり視えるわチカラは強なるわで驚いたわ」
「というのも、相手はお寺の娘さんだからな」
『ああ、それで』
「で、チカラが強くなって悪霊どもが寄ってたかってた所を俺が祓ったんだ」
「せやな。今でも俺んとこ一帯は柊の結界で護られてるんや」
『そうだったんですか』
「ああ、けどな…弟が強いねん」
「弟さんが?」

 聞き返せば、准さんは小さく頷いた。兄さんは「だから今日、准さんはその件で家に来たんだ」と話した。

「俺くらい強いんや。で、四天はかなりおって毎日それらに付き纏われるんが逆にストレスになってきとるみたいでな」
『ああ、良くあるパターンの1つですね』
「せやから出来るだけ祓って貰えへんかな思うて柊に頼みに来たんや」
「そうですか。…でも、もう俺じゃなくてもその役割を担える奴がいますから」

 そういうと兄さんは私を見てフッと笑った。私はそれに苦笑して小さく息をつき「分かりましたよ」と肩を竦めた。

「現状把握できる名前の方がいいでしょう。それに術の扱いは名前の方が慣れていますし」
『兄さん、高校入ってから勉強忙しくて全然仕事してないから。日々修行は怠っちゃ駄目だよ』
「言われなくとも。このゴールデンウィーク中にはなんとかするさ」
「ほんま、学生は大変やなあ」

 そういって笑った准さん。それに「アンタは学生時代サボってたんでしょう」と兄さんが鋭いツッコミを入れる。まあ、私も最初からそんな気がしていて図星という表情の准さんに笑ってしまった。

「じゃあ、明日の編入試験の時にでも様子見て来るから」
「ああ、頼んだ。何かあったら式を飛ばせ」
『了解』
「俺からも宜しく頼むわ、名前ちゃん」
『はい、任せて下さい』

 そういい、私は明日の編入試験に備えることにした。


ALMIGHTY/現連載ホラーの基的なものA



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