地中海に面するイタリア。約十時間かけて到着した土地は、出発した時刻よりも太陽が昇って昼が近い。
 アタッシュケースと大きめのスーツケースを手にする虹村が先導し、その後ろを一回り小さなスーツケースを手にした謡が続く。彼は携帯で仲間とやり取りをしていたので、きっと誰か迎えに来ているのだろうと彼女は察する。
色とりどりのカラーに懐かしさを覚えつつ、空港を出た彼について向かった先は少し離れた駐車場で、着いてすぐに目的のそれを彼は目敏く発見した。昨日の彼同様、ボルボの運転席に寄り掛かって携帯を弄る青年に虹村は声をかける。


「若松」

「ああ、お疲れさん」


 金髪――こちらもまたずいぶんと背丈のあるスーツ姿の男は携帯を懐にしまうと、二人へと向き直る。謡は隣の男を一瞥し目の前の若松という男も流石というべきか、裏業界に必然的ともいえる強面だと素直な感想を思い浮かべる。


「話はさっき赤司から聞いた。伊月の容体は?」現地のイタリア語ではなく、日本語で話した彼に返ってきた言葉もまた日本語だった。

「大した怪我じゃねえ。右肩掠めただけのこった」

「大事ないなら良かったさ」

「ああ。で、そいつか?“清水織葉”…で合っているよな?」


 清水織葉。虹村も目の前の彼も口にした自身の名前に謡は小さく微笑んだ。“清水織葉”は彼女の本名ではなく、偽名として昔から使用している名前だ。だからこそ、自分の本名を手に入れることができる組織は数少なく、あまり情報も知れ渡っていることはない。つまり彼らが偽名で彼女を認識しているということは、彼らが知り得ている情報はほんの一握りだけということになる。


Piacereはじめまして


 日本語ではなくイタリア語で挨拶を口にした謡に、若松は眉を顰めるものの一拍置いてイタリア語で返答する。


…Piacere mio…こちらこそ、はじめまして

Mi scusi, è un giapponese失礼ですが、貴方は日本人ですか?』

…Sì. È stato perfino un italiano capace di vederlo…ああ。イタリア人にでも見えたか?」

Ehi, ho intenzione di continuare una farsa fino a quandoおい、いつまで茶番続けるつもりだ?」


 二人の間に割って入った虹村は顔を顰め、双方を交互に見やりそして謡へと視線を据えた。その眼圧に脅えることなく彼女は肩を竦めて『ほんのジョークですよ』と日本語で謝罪を述べれば「品定めならおススメしねぇぞ」と呆れと咎めを含んだ声が頭上から降りてくる。


『…ただの人間観察ですよ。情報収集は真意を得るために必要でしょう?』

「その必要はねぇと思うが…」

『では、貴方方のボスは簡単に手の内を見せると? 腹の探り合いはお互い様ですよ』

「……ずいぶんおっかねぇのが入ることになるな。今吉さんといい勝負だ」

「ああ、そりゃ同感」


 これは悪口の内に入るのだろう。その今吉という人物は要注意だなと頭の隅に添えた謡は、一度腕時計を見やりそして二人へと向き直る。『お時間の方は大丈夫ですか?』
 その一言に若松もまた自身の腕時計を確認すると顔を歪めて運転席の扉を開けた。


「おっと。やっべ。立ち話してる場合じゃねえ」

「予定時刻よりもだいぶ早いと思うが?」

「赤司に聞かなかったのか?」

「何をだ?」


 トランクにキャリーケースを詰め込み、三人は車へと乗り込む。運転席に若松と助手席に虹村、後部座席には謡がアタッシュケースを持ったまま乗った。キーを回してエンジンをかけた若松はハンドルを回しながら話を続ける。


「今回ドンパチしたとこの追手撒いてる真っ最中」

「はあ!? マジで言ってんのかよ…!」

「オレもさっき聞いたばっかだよ。一応桃井から情報が逐一入ってくるからルートは確保できてる。まぁ油断できねぇけど」

「ったくアイツら何やってんだよ……あとで教育し直すしかねぇな。特に火神と青峰」

「あっちが上手いこと押さえ込んでくれてりゃ良かったんだが…」


 虹村に比べてればスピードは出していないが荒々しい運転だと、揺れる車の中で彼女はひっそりと息をつく。会話の流れからすると現状安全ではないことは確かだろうから、身の安全は自分で確保するしかない。こっちに着いて早々に撃ち合いになるとは思いもしなかったと隣に置いたアタッシュケースを眺めてそっと嘆息する。
 前二人の会話をBGМ代わりに二十分ほど経過したが、特に問題なく入ってくる情報通りの道筋を進んでいるようだと謡は思う。

 ――だがしかし。幾度目かになるドアミラーでの後方確認。後方を走る車は至って普通の乗用車のようだが、謡はここで漸く後ろを振り返ってそれを確認した。ナンバープレートの文字は十分ほど前に見た車のそれと一致する。後ろの車の入れ替わりを何度も確認していたが、いま後ろを走行する車を見るのは三度目だ。


『………、つけられてるかもしれませんね』

「…後ろのアレか」

『確認できて三度目です。遠いんで人物までは認識できませんが……あ、…あー…』


 地名の看板を横切ってすぐ、彼女はすぐに状況を把握する。『面倒だな……』と呟く彼女を尻目に虹村がシートベルトを外しながら尋ねる。


「どうした」

『……ここ、マンティデの縄張りですよ。ザンペドリのハゲ親父は群れなして襲ってくるんで、囲まれたら厄介です』

「ちっ…! 桃井に頼んで位置情報『遅かったみたいです、右手から来ました』ッ!」


 前後を挟まれないようにアクセルを踏んで何とか避け、真横に一台と後方に二台車がぴったりと追ってくる形になる。やれやれと嘆息しながら彼女は大きなアタッシュケースの中からステアーAUGを取り出すと、窓を開けて真横を走る車のスモークガラス目掛けて躊躇いなく撃ち始める。


「おい!! なに勝手に撃ち始めてんだよ!!」

『流石に死にたくないんで。あっち見境なしに撃ってくるような連中ですもん。先手必勝ですよ』

「若松、運転任せるぞ。オレたちで片づける」


 そういい後部座席へ移動した虹村はいつの間にかその手にFN SCARを握り締め、サンルーフを開けて身を乗り出すと後方車目掛けてこちらもまた容赦ない銃弾を浴びせ始める。三台とも防弾加工されているとはいえ、二人は窓ガラス目掛けて撃ち続けあっという間に三台はあらぬ方向に曲がったり追突したりまたは炎上したりと様々に終わった。


『…呆気ないな。普段ならもっと数で優勢させようとしてくるはずなのに…ここ数年で方針が変わったか…?』

「多分、カヴァッレッタの方に人員差し向けてんじゃねぇのか。あそこはいまが狙い目だからな」

『ああ…成程。あのハゲ親父があそこで生き残れるとは思いませんけどね。カヴァッレッタと同盟組んでいるフォルミーカに撃ち殺されて終わりでしょう』

「ははっ。違いねぇけど、それはオレらも当て嵌まるな」

『……やはり、カヴァッレッタの領域、奪うつもりですか』

「…ああ。賭けみてぇなもんだとボスは言ってるけど、多分ありゃ本気だろうな」

「……若松。前見ろ前」

「前ぇ?」

「例の奴らじゃねーのかよ?」

「…げぇ。すっかりルート外れちまってる」


 そうして二戦目へと突入し、彼女らは長い銃撃戦という名の寄り道をすることになる。その最中に若松が「虹村といると、ほんと寄り道ばっかだわ」とぽつり呆れ交じりに呟いた言葉の意味を、後々謡は理解することになる。






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