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「三輪」
『…仁王先輩?』
どうしたんですか、と口を開くよりも早く清花の肩を強い力で掴んだ仁王は強張らせた表情のまま彼女に尋ねた。
「お前さん、視えるんか」
――それが、三輪清花が仁王雅治と深く関わることになった始まりだった。
『仁王先輩、部活サボって日陰ぼっこですか』
やっぱりいつもの場所だった、と校舎の隅にあるプレハブ小屋の後ろにいた仁王を見つけた清花が声をかければ、彼は手にしていた端末から顔を上げた。
「わざわざ出迎えにくるとはご苦労なことじゃな」
『柳生先輩が被害を被るのは可哀想ですからね……、』
よっこらせ、と体を起こした仁王に清花はふと違和感を覚える。
『仁王先輩、具合悪いんですか』
「…なんでもない、と言いたいところじゃけど、ちょっとな」
色白の仁王の顔色が青白く見えたのはどうやら錯覚ではないようだ。清花は仁王の傍まで歩み寄ると、その肩に僅かながら黒い靄のようなものが纏わりついていることに気づき、目を眇めた。
『質の悪い奴に目つけられたみたいですね。容姿端麗じゃなければこんな苦労はしなかったでしょうけれど』
「生まれ持ったもんは仕方ないからな…苦労は絶えんが……」
『仰る通りですよ』
互いに嘆息をこぼした二人は、常識から逸脱した能力を持っている。
それは人にはみえないものが視えてしまう――つまるところ、霊視能力が生まれついて備わっていた。二人ともそういった家系に生まれついた身の上なので、幼少期からそういったものには慣れている。が、慣れているといっても気持ち悪さや恐怖が全くないわけではなく、霊障の影響を受けて体調を崩すことだってよくあることだ。
『ちょっと失礼しますね』
「ピヨ」
清花は仁王の方へと手を伸ばすと黒い靄を引っ掴み、そして自身の方へと持ってくると反対の手で刀印を作り『《滅》』と呟けば、靄は弾けて四散し消滅した。
その様子を眺めていた仁王は重く息を吐くと「すまん、助かった」と礼を述べてゆっくりとした動作で立ち上がる。
『ずいぶん怨嗟が込められていましたよ。どこで怨み買ってきたんですか』
「そんなん一々覚えていられん。大体俺は怨みを買うような行いはせんよ。向こうが勝手に思い込むだけじゃ」
『…それは、まあ、ご愁傷さまです』
「まだ死んどらんし死ぬつもりもなか」
縁起でもないこというなと小突く仁王に一言謝罪し、清花はごそごそとジャージのポケットを漁るとお守りを差し出す。
『とりあえず応急処置として持っておいてください。結界護符が中に入っています』
「助かる。俺も少しは自己防衛できるようにせんと、清花にばかり頼ってるわけにはいけんからのう」
『そうですね。でも困ったことがあればいつでも仰ってください。助力は惜しみません』
「……ほんっと、おまんはお人よしじゃ」
くつくつ笑いながらぽん、と清花の頭の上へ掌を乗せた仁王は「そろそろ戻らんと真田の制裁を食らう羽目になるぜよ」とテニスコートへ向かって歩き出す。その後ろを笑いながら『小暮先生に進路の件で呼び出されていた、ということにしませんか』と清花はついていった。
――後日、仁王に着いていた怨嗟の念が、柳生ファンの女子のものであることを二人が知ったのは余談である。
どこかの先で揺れる双影
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