「におぉおお―――――――――――!!!!!」


 元気のいい声は廊下中に、いやこれ上の階にも下の階にも響いているような…職員室に届いていたらどうしよ。っていつものことか。放任主義者教諭の多い学校だし問題ないけど、流石にそんなに大声で自分の名前を呼ばれたら恥ずかしいったらありゃしない。
 ちょうど図書室から出てきたばかりの私を見つけてぶんぶんと手を振って駆け寄ってくる(廊下は走っちゃいけないんだけどな…)、クラスメイトの姿に苦笑いを浮かべて後ろ手で図書室の扉を閉めた。パタパタと駆け寄ってきたクラスメイトは鼻息荒く目の前で立ち止まった。その身長差は実に34センチもあるので、見上げる私の首はその内やってくるであろう痛みにいまはまだ気づかない。

「廊下走ったり大声出したりしたらだめだよー、早川くん」
「ん、ごめんっ! 次から気をつけ(る)!」

 そしてこの早口とラ行が言えないという可愛さである。隣の席の早川くんは何を言っているかわからないほど大声で早口だけど、私からしたらちょっときゃんきゃん騒ぐくらいの人懐こい大型犬にしか見えない。いまだって耳と尻尾が見える不思議を他校の友人に言ったら「ちょ、眼科行ったほうがいいよ」と言われるに違いないが。



『はじめまして、仁王#ナマエ#です。親の都合で東京からこちらに越してきました。どうぞよろしくお願いします』
 高校一年生の二月。来月は卒業式、再来月は入学式が待っている。そんな中途半端な時期にお隣の神奈川へと引っ越すはめになったのは、答えた通りに親の都合だ。
 広い敷地を有する伝統ある私立海常高校。今日からここが私の通う学校だ。東京にいた頃は商業高校に通っていたのだけど、生憎近場に条件の合う高校が見つからなかったために海常高校へと転学した。知り合いの通う立海大附属高校も割と近場にあるけれど、エスカレーター式な上に制服が可愛くないのであえなく却下させて頂いた。


「………」
『………おはようございます』
「………あ……はよ、ご、ざ、ます」
 神奈川県、とある住宅街の朝八時十五分を過ぎた頃。隣のお宅から出てきた青いジャージ姿の、大体同い年くらいの男の子に挨拶をすれば、彼はぎくりと身体を強張らせてぎこちない挨拶を返してきた。驚かせてしまった、にしては些か反応がおかしい。ふと交わった視線をコンマ0.1秒ほどで逸らされた様子からして、よほど人見知りなのだろうか。
 彼はそそくさと私の立つ家の前を通り過ぎると曲がり角の向こうへと消えていった。休日のこの時間に出かけるということは、部活に向かうのだろう。精が出ますね、と同い年の私がいうとなんだか変だろうからとりあえず頑張ってください、ともう見えない姿にエールを送って私は押しそびれたインターホンに指を押しつけた。



「ぃなぁみぃいいい――――――――――!!!!!」
 ぃなみって誰だ。私の苗字は南、だ。
 #ナマエ#は内心そうぼやきつつも苦笑を浮かべて、耳を劈くくらいの大声で名前を呼んできた相手を振り返り見た。廊下中に響き渡った、いや上階下階職員室問わずに響いているだろう声量だが、生憎放任主義者教諭の多い学校ゆえに問題はない。



 ドドドドドド。地響きのようなそれが駆けてくる足音だと気づいた#ナマエ#は、その足音の主が瞬時に想像できてひとつ嘆息を漏らす。

「ぃなぁみぃいいい――――――――――!!!!!」

 ぃなみって誰だ。私の苗字は南、だ。
 #ナマエ#は内心そうツッコミを入れつつもどんどん近づいてくる足音に振り返ると、きらきらと瞳を輝かせた想像通りの人物が駆けてくる姿を認識する。徐々に、というよりも猛スピードで距離を縮める人物との距離が十メートルほどになった時、ドゴォッ!!という鈍い音を立てて彼は前のめりになりそのまま床へと直撃した。

『え……』
「早川、おまえあれほど大声を上げるなって言ったにも関わらず…」



 しとしと。
 静寂の中、降り続く雨は天気予報通りに夜中まで降り続くのだろう。


 しとしとしとしとガチャガチャバンッ!!

「ぃなぁみぃいいい――――――――――!!!!!」

 ぃなみって誰だ。私の苗字は南、だ。
 #ナマエ#は内心そうツッコミを入れつつも苦笑いを浮かべて、乱暴に扉を開けてふんっ!と鼻息荒く中に踏み込んできた青年を呆れた眼差しで見やる。
 外は昼過ぎから降り続けている雨模様だというのに傘もささずに走ってやってきたのだろう、彼はびっしょりと髪や服を濡らして見るからに風邪引きますよと言わんばかりの外見だ。

『いらっしゃい、早川くん。そう大声で叫ぶと近所迷惑だからやめようね』
「あ…、ごめんな」



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