手の鳴る方へ | ナノ




 小さいものはかわいい。それを最初に言ったのはマスターだったか、静雄だったか、はたまた彼と同じようにこの世界で暮らす住人たちの誰かだったか。そんなことは忘れてしまったが、とにかく六臂にとって自分より小さいものは何でも愛らしく思えた。
 というと少し語弊があるかもしれない。例えばサイケのような、小さくても生意気でとてもかわいらしさとは結びつかないような生き物も世の中に存在することは知っていたし、その逆もまた然りだということも。当然、例外は多く蔓延っている。
 しかし六臂は運命的にもそれと出会うことができたのだ。兼ねてから己が描いていた理想の相手に。

「おい、逃げんなよ月島」
「やだ。ろっぴ、俺のこと抱きしめながら変なとこ触るから」
「そりゃ本能ってやつだよ、仕方ないだろ」

 つい今しがたまでその腕に抱いていた小さな、自分の腰あたりまでしか背丈のない彼が遠くの方から物陰に隠れて威嚇しているのを見て思わず溜息をつく。
 月島は、日々也が誕生してまもなくこの世界にやってきたルーキーだ。外見こそ幼い子供そのものだが、わりと知能は発達しているし、言葉もそれなりに知っている。その見てくれで六臂に見初められた唯一の存在ではあるものの、本人は初対面で恥ずかしい思いをさせられた過去があるのでいまだに警戒心を解いていない。何をされたかということはおいておくことにして、とにかく月島は六臂を危険視している。隙を見せれば何をされるかわかったものではない。だが、つくづく動きが鈍いおかげでたびたび捕らえられてしまうので、その度に腕の隙間からするりと脱出しているというわけだ。
 今日も朝からずっといつもの鬼ごっこを繰り返している。さすがに互いの息も切れてきたところで、降参したのか、六臂は無造作に床に座り込んだ。羽織っていた真っ黒なコートをぽいと脱ぎ捨て、服の袖で額に滲んだ汗を拭う。黙っておとなしくしていればかっこいいのに、そうやって心のどこかで考えながら月島は相変わらず同じ体勢のまま六臂の方に視線を向けるばかりだ。

「はいはい、俺の負け。もう無理、疲れた、走れない」
「……」
「なんだその疑いの眼差しは。ほら、どっからどう見てもへとへとだろ?こんなんじゃお前に手出しなんてできないって」

 弱々しく手を振ってついには体を横に倒し、これから昼寝でもするかのような格好でそのまま六臂は動かなくなった。月島とは随分距離があるから、ここからでは詳しい動向は窺えない。しかし、たくさん走り回って汗をかいて、もしそのまま寝てしまったら弱ったところをウイルスにやられてしまうかもしれないと、真面目な月島は一瞬考えを廻らせる。六臂がウイルスに蝕まれるような脆弱なソフトだとは思わないが、万が一、いや、そもそもこれは罠かもしれないし、ううんと呻りながらもそろりそろり、倒れた六臂の方へ足を進めていく。
 一歩、二歩。三歩目からはやや早歩きで。大の字になって寝転がる六臂の横まで必死に駆け寄ってきて、それなのににんまりといやらしい笑みを口元に湛えた彼の腕にまたすっぽりと収められてしまって。

「あーあー、ほんとに馬鹿だね、月島は」
「ば、ばかじゃ、ない!」
「馬鹿だろ。知ってて飛び込んできたくせに。かわいいやつ」

 そのまま掠めるだけのキスを与え、柔らかな猫っ毛をわしゃわしゃと撫でくり回す。彼に愛されるのはちょっぴりむず痒いけれど幸せなことかもしれない、そう思った矢先に腰に腕が回され、暗転。



(110620)





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