まるで甘ったるい拷問 | ナノ




 取り立て屋という職業柄、もともと休日とはほとんど縁がなかった。だからこうして優雅にソファに腰かけ、テレビを見たり雑誌を読んだり、そういった日常的な挙動がひどく新鮮に思える。
 俺があのノミ蟲野郎の家で生活するようになってもう一ヶ月は経過しただろうか。もちろん仕事も続けているし、住む家が変わったという点以外ではこれといった変化はないのだがどうにも慣れない。それはそうだ。この家は以前俺が住んでいたぼろぼろのアパートとは何から何まで違っている。
 地上何十階だか忘れたが、都心に塔のようにそびえたつ高級マンションの一部屋。リビングは広いし、壁も床もきれいだし、風呂もでかいし、とにかく落ち着かない。今日からここはシズちゃんの家でもあるんだから好きなように暮らしてくれて構わないんだよ、同棲を始めることになったその日に臨也は言ったが、突然そんなこと言われたって、なあ。
 たまの休みの日にはこうしてできるだけこの家での生活に慣れようと努力するようにはしているものの、なかなかうまくもいかない。雑誌のスイーツ特集に目を向けてみるが内容はまるで頭に入ってこなかった。

「ね、シズちゃん」
「な、っ、んだよ」
「今日の夕飯どうしようか。何かリクエストあれば作るよ」

 今までパソコンに向かってキーボードを打っていた臨也がいつの間にかソファ越しに背後から顔を覗かせ、座ったままの俺の首にゆるく腕を回してくる。吐息が耳にかかるほどの至近距離から囁かれ、心臓がこれでもかというほどうるさく鳴った。
 なに、緊張してんだよ、俺は。別に、こいつにこんなことされるの今さらだし、もっと恥ずかしいことだってたくさん、いや、そんなのはどうでもいい。まあ、だからといって振りほどく理由はないし、俺はただ黙って膝の上の雑誌に視線を落とすことしかできなかった。
 すると返事をしないことに対して不満を覚えたのか、かぷりと耳朶に噛みついてくる。ぞくぞくと鳥肌が立って力が抜けていくのがわかった。こんな昼間から、変な気分になってしまう。それでもやめろとは言えない自分が不思議で仕方ない。満更でもないとか、大概俺も最低だ。

「ハ、……ハンバーグ……」
「ええ、また? この前も食べたじゃん、シズちゃんそんなにハンバーグ好きだっけ」
「別に、俺が何を好きだろうが、お前には」
「関係なくはないよ。俺より好きなものあったら困るしさ」

 さらりとそう言って噛んでいたそれを離し、前まで回ってきて隣にぼすんと沈み込む。二人分の体重に僅かにソファが軋んだ。ベッドのスプリングが軋むそれと似ていて何だか途端に恥ずかしくなる。俺は何を考えてるんだ、バカか、そうやっておかしな想像を追い払うよう頭をぶんぶん左右に振ると、臨也がおかしそうに笑う。まったくもって笑いごとなんかじゃないのに、大体お前のせいだからな、こんな、ああもう、調子狂う。
 いつからこうなったんだっけ、考えている間に膝の上から雑誌がなくなっていて、気づいたら体が柔らかな感触のするそこへ縫いつけられていて、臨也のやつが覆い被さってきて。何する気だよ、なんて聞けなかった。

「ちなみに俺のリクエストはね、今まさに狼に襲われようとしてる羊かなあ」

 かっと頬に熱が集まり、気づいた瞬間にはすでに囚われている。こういうの、嫌いじゃないなんて、以前までの俺だったら絶対そんなふうに思わなかったのに。あ、やばい、近い。張り詰めた防護柵をいとも簡単にすり抜けて掠め取っていく。蛇のようなその舌が俺を底へ底へと陥れる。もう這い上がってこれないくらいにはこの男に骨抜きにされているのだと、ぼんやり考えた。



まるで甘ったるい拷問

(110620)
提出:角砂糖をみっつ、ティータイムに




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