壊れていく、 | ナノ




#兄×弟



 ひとつ年の離れた弟がいた。俺よりも背が高く、力も強く、けれど勉強は昔からからっきしだめで、試験前はいつも面倒を見てやっていた。
 高校に上がると同時に両親が離婚した。まったく予兆がなかったわけではない。年のわりに達観した考えを持っていた俺にとってそれを受け入れることは容易だった。でも弟はその現実と向き合うことに抵抗があったのだろう。身勝手な親たちのかわりに、これからは自分が弟を守らなければならない。ひどく弱々しい弟の手を握りしめ、その使命感だけで家を飛び出した。
 駅から少し離れた、小さな古臭いアパートの一室を借りた。しばらくは親からの仕送りで貧しい生活をしていたが、いつまでもこうはしていられない。アルバイトをしようにも高校生に与えられる賃金などたいしたものではなかった。放り出されて路頭に迷う弟を何とかして養わなければならない。パソコンを片手に俺がはじめたのは情報の売買をおこなうという極めて危険な仕事だった。ほんの些細な情報につけられる法外な値段に最初は戸惑いを覚えたものの、次第にそれに生きがいを見出していく自分が何だか恐ろしくて、それでも弟を守るためだ、言い聞かせ続けて。おかげで以前とは異なる裕福な生活が送れるようになった。
 親から独立したまだ成人にも満たない兄弟が、その違和感に弟も気づいたのだろう。俺が何か危ないことに首を突っ込んでいるのではないか心配するようになった。気に病む必要はない、そう言って少し冷たく突き放すとやがて弟の方も俺と関わろうとしなくなっていった。いつの間にか不良のように髪を金色に染め上げ、毎日喧嘩でもしているのか全身ぼろぼろになって帰ってきて。声をかけても無視を決め込まれる。
 そのとき、俺のしてきたことは一体何だったのかと突然わからなくなった。親元を離れたのも、危ない仕事に手を出したのも、なるべく近づかせないようにわざと距離をとったのも、全部弟を守るためだったというのに。その弟に忌み嫌われ、今ではすれ違うばかりだ。どうして理解されないのだろう。俺はこんなにも、愛しているのに。

「おかえり、シズちゃん」
「……」

 今日も無視された。別にそれくらいで傷ついたりはしないが悲しくないわけではない。両親と離れた今、弟だけが唯一の肉親といっても過言ではないのだ。弟のために生きてきた俺がもしそれを失ってしまったらどんなにつらいだろう。想像したくもない。
 相変わらず擦り切れて泥だらけの学生服。小学生じゃあるまいし喧嘩なんてやめたらいいのに。いくら人より体が丈夫だからって傷はつくし血も出るし俺だって気が気じゃないんだ。でも何を言ったところで聞き入れてくれないだろうし、これ以上距離を置かれるのが怖くて俺は何も言えずにいた。こちらを一瞥してから舌打ちし無言で自室に入っていく背中を眺め、しかし俺がいつまでも傍観しているからいけないんじゃないかとも思う。
 殴られるのを覚悟でドアノブを握った。シズちゃんはちょうど着替えている最中だったようで、俺の視界には女のように白い背中と、そこにありえないものが映った。幾筋もの赤く浮き上がった線が蛇のように這う。まるで鞭のような、鋭いもので何度も叩かれたような。俺は絶句した。それを見られたシズちゃんも言葉を失った。喧嘩なんてレベルじゃない。しかも、だ。またその痕とは違う、穢れた所有印にも似た痕がところどころに散らばっているのを見て、最悪の事態を連想した。おそらくその考えが十中八九当たっているのだろう、シズちゃんの悲しそうな、悔しそうな表情に絶望するしかなかった。

「それ、」
「み、見るな……っ」
「でも……」
「兄貴にだけは、見られたくなかった、のに」

 帰りが遅かったのも、俺を避けていたのも、受けた屈辱を隠すためだったなんて。知らなかった。本当につらくて悲しくて悔しかったのは俺じゃなくてシズちゃんの方だった。それなのに気づかずに被害者面して、兄貴失格だ。
 殺してやりたい。俺の大切な弟を辱めたやつら全員、手足を引きちぎって、腸を引きずり出して、目玉を抉って、ありとあらゆる痛みと恐怖で支配して、殺してやりたい。でもそんなことできるはずもなくて無力な俺には震えるその背中を抱きしめてやることしかできない。謝っても許されることじゃないのに。ごめん、ごめん、唇から狂ったように紡がれる謝罪の言葉にシズちゃんは声を上げて泣いた。守りたいものも守れないだなんて俺は、俺は。

「怖かったでしょ、痛かったでしょ、つらかったでしょ、シズちゃん、ねえ、シズちゃん……」
「っ、う、っふ、ぇ……おれ、いやだった、こんなの、でも、兄貴に手出されたくなかったら抵抗するなって、いわれて、おれ、……」
「……もう、大丈夫だよ、今度こそ俺が守るから、」

 拭っても拭っても溢れ出る涙がすべてを物語る。絶対に許せない。全員探し出して死ぬよりつらい目に遭わせてやる。それでも気が収まらなかったら家族ともども皆殺しにしてやる。犯罪者の弟になってしまうシズちゃんは可哀想でたまらないけれどそれでも俺にはそうするしか手段がないんだ。俺の愛するものを傷つけた罪は、重い。見えないよう爪が食い込むほど固く握りしめた拳からは涙のかわりに鮮血が滴った。





 ……なんて、ね。
 ああおもしろい絶望に染まったシズちゃんの表情はどうしてこんなにも美しいのか。これを間近で見ながらその身体を凌辱する行為はさぞかし楽しくてたまらないのだろう。俺だってモニター越しに参戦してはいたけどやっぱりああいうのは生で見たいよなあ。今度目隠しでもしてあいつらに混じってみようか。そうすれば俺だってバレずに済むかな。シズちゃんはお利口さんなくらいに鈍感だもんねえ。
 まあ、傷ついた弟を慰めるって面目で今シズちゃんのこと抱いても何も不審になんて思われないだろうけど。それじゃああまりにもありきたりじゃないか。こういうのはスリルがなくちゃいけない。今まで複数の男たちに実の弟をレイプするよう仕向けた事実も、それを画面越しに眺めて自慰に耽っていた事実も、弟を守りたいだなんて戯言を吐きながら常にその弟への肉欲で脳内を支配されていた事実も、全部、バレてしまったら大変なことだ。でもその瀬戸際を楽しむのがいいんだよ。
 弟を守るために必死な兄を演じる一方で、獣のような衝動をひた隠しにする俺は所詮ただの汚い男だ。もしすべてが露呈してしまったとしたら、どうしようかな、まあ、どうにだってできるさ。だってシズちゃん、君にはもう俺しかいないんだもの。
 さて、俺はいつまでこの綺麗に研いだ爪と鋭く伸びた牙を上手にしまっておけるか。何なら今ここで解き放ってやってもいいけどね?



(110613)





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