爛々と輝く | ナノ




 ヒーローとしての仕事を終え、いつものように報告を済ませ、空調の効いたロッカールームで熱く火照った体を冷やす。この瞬間が何より落ち着ける時間だと、目を瞑り、全身の緊張感を抜いて虎徹は大きく伸びをした。吐き出される深い息には年齢を窺わせる疲労感が滲み出ている。首にかけたタオルで汗を拭きながらちらりとそちらを見やり、それでもバーナビーは声をかけることを躊躇っていた。
 先日のとある一件のおかげで、パートナーであるにもかかわらず二人の間には何か不穏な、気まずい空気が淀んでいる。とはいえ、そう感じているのは実際のところバーナビーだけであった。虎徹はといえば普段と変わらず至ってマイペースな態度で、バーナビーから向けられる異質な雰囲気に戸惑ってはいたものの、さして重く捉えていないようだ。それがまた彼の不満を煽るのだろう。苛立たしげに何度も腕を組み替えながら、たまに咳払いをしてみたり、しかしそんな訴えにも虎徹が気づくことはなくて、ついに口を開くほかはなかった。

「……あなたの中で、僕は子供扱いされているんですか」
「ん? どうした、いきなり」
「質問に答えてください」
「そんな怖い顔すんなって……そりゃ俺からしたらバニーちゃんも子供かもしんねえけど、だからって子供扱いした覚えはないぞ? もうとっくに成人した大人なんだし失礼だ、ろ、っと」

 茶化すつもりはなく、虎徹は自分なりの言葉でバーナビーに意思を伝えるつもりだった。だが、まだ若い彼からすればそのような遠回しなやり方は気に食わないのだろう。殊に、恋愛のこととなれば。
 ベンチで寛いでいた虎徹に覆い被さるよう身体を寄せ、鼻先が触れ合うほどの距離で眼鏡の奥の瞳が真剣に見据えてくる。さすがの虎徹もこんなことになるとは思ってもいなかったようで、額に冷や汗を浮かべながらとりあえず落ち着かせようと乾いた笑いを浮かべて離そうと試みた。しかしそれもまったくの逆効果だった。
 虎徹に拒絶されたと勘違いし、何とも形容しがたいような表情のまま強引に接近してくる。やがて予期されていたかのように生温い唇が触れ合い、汗ばんだ掌が肩を掴んで舌がぬるりと侵入した。驚かなかったわけではない。だが、ここで少しでも抵抗を見せればどういった行動をとるかわからない。普段冷静な人間ほど、感情が昂ぶると突拍子もないことをするものだ。
 かといっておとなしくしているほど虎徹は従順ではなかった。先を先をと求めてくる強欲な舌先から逃れつつ、やんわりと身体を押し返す。そこでバーナビーも少しは平静を取り戻したようで、名残惜しそうにそれを解放した。

「だったらどうして、応えてくれないんです」
「それはこの前も言ったはずだ。忘れちまったか?」
「……覚えてますよ。だからわからない。なぜあなたが僕を拒まないのか」
「好きだから、だろうなあ」

 それが当たり前のことであるように、ごく自然に、愛の言葉を囁くこの唇が憎らしい。慈愛などというそんな生易しい愛が欲しいわけじゃない。自分だけを見て自分だけを愛してほしい。そうバーナビーが願うのもまた自然なことであった。
 けれど、何度想いを伝えたところで、唇を触れ合わせたところで、肌を重ね合わせたところで、何も変わらないことを知っている。虎徹の愛はもう誰に注がれることもない。そんなことはわかりきっていた。その上で、手に入らないと認識した上で、欲しいと願ってしまった。愚かなことだ。
 左手を取り、薬指に輝くシルバーリングをそっと指でなぞる。こんな小さなものがこれから先ずっと、いつまでも彼のすべてを支配する。悔しい。どうしようもなく悔しい。

「おじさんには似合いませんよ。眩しすぎて」
「それはお前も一緒だよ、バニー」

 そうやって傷つけないようになるべくやさしく心臓に棘を刺す。それは心のどこかに引っかかってある日思い出したように痛みを与える甘い毒だ。大人はずるい。しかしその狡猾ささえも自分を惹きつける魅力でしかないのだとバーナビーは思う。



(110607)





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