のちに沈澱 | ナノ




 そういえば今日の昼飯はトムさんにいつものハンバーガーセットを奢ってもらったんだっけなあ。悪いことしちまった。最低だ、俺。そんなことを頭の片隅でぼんやりと考えながら静雄は胃の中でまだ消化しきれていないものを逆流させた。
 この吐き気はいつも唐突に彼を襲う。何も今に始まったことではない。あれはそう、おそらく三ヶ月ほど前に起きた思い出すだけでも腹の立つあの出来事の後からだった。食事は摂っているもののこうしてほとんど戻してしまうことが多い。そのため栄養を補う意味でサプリメントを飲んだりはしているが身体は確実に弱ってきている。無論、それで静雄の特異な体質が変化したわけではないのだが。
 この静雄の異変についてはいまだに誰も知らない。弟の幽や上司のトムや信頼できる友人の新羅やセルティも。ただひとり、静雄がこうなってしまったそもそもの要因である男を除いて。

「おじゃましまーす」

 あまりにも場にそぐわない間延びした声。玄関のドアはしっかりと鍵をかけておいたはずだった。それにも関わらず、だ。やられた。静雄は思いきり眉を顰める。と同時に再び吐き気が込み上げてきてそのまま溜まっていたものを出した。喉が痛い。脇に置いておいたペットボトルを持ち上げようとして静雄は背後の気配にようやく感づいた。

「あれ? どうしたのシズちゃん。もしかしてつわりかな?」
「て……め……」
「なんちゃってー。確かに俺の子を孕んでくれたらうれしいけどさすがにそれは無理か」
「は……、は……、うっ」

 辛そうに呻きながらもまた静雄は吐いた。胃の中身は既に空っぽだ。これ以上出すものなんてないはずなのに。後ろに立つ臨也の声を聞いただけで不快感が静雄を支配してその結果嘔吐する。彼は思い出していた。初めて臨也に犯された日のことを。無理矢理あんな行為を強いられたという覆しようのない事実は、あの日以来ずっと静雄の心を蝕んでいた。それなのに彼をこんなふうにした当の本人は今暢気に口笛を吹きながら笑っている。殺してやりたい。心底そう思った。

「なんかさあ、俺ちょっとおかしいかもしれないんだよね」
「ぜえ……ぜえ……げほっ」
「そうやって吐いてるシズちゃんにすら欲情するんだ。これって末期だと思わない?」
「おえっ……、」
「ねえシズちゃん、勃っちゃった」

 ぐいっと乱暴に肩口を掴まれて振り向かされたと思えば臨也が唇を塞いでくる。生易しいキスなどとは程遠い、まるで噛み千切るかのような獰猛な肉食獣のそれ。途端に今すぐにでも吐いてしまいたいほどの嫌悪感が静雄の中を駆け巡る。しかし弱りきった彼の肉体ではもはや目の前の軟弱な男でさえ突き飛ばせない。ただただ翻弄されるままの自分が悔しい。気づけば静雄の瞳からは一筋の滴が零れ落ちていた。

「いいね、その顔。最高に犯したくなる」
「や、め……ろ!」
「吐きたいなら吐いてもいいよ。俺はやめるつもりないから」
「っ……! がはっ、」
「今の俺はシズちゃんの吐瀉物すら愛しく思えるからねえ」

 ぼたぼたと嘔吐を続ける静雄の服を慣れた手つきで剥ぎながら臨也は恍惚とした表情でそう告げる。すべてが狂っている。こいつももちろん、抵抗できずに奴を受け入れてしまっている俺も。後ろから突き上げられ激しく揺すぶられ、そうしている張本人の臨也が快楽に酔っている間にも静雄は何ともいえない気持ち悪さを堪え切れずに吐き出していた。
 二度と関わるものか。あのとき俺は確かに誓ったはずだった。それなのに結局は臨也から逃げることなんてできなかった。まさかこれからもこうして一生この男に怯えて生きていけと? くそったれ。さっさと死ね。くたばれノミ蟲野郎。吐瀉物と精液とが混ざりあった異様な臭いの立ち込める浴室で静雄は絶望した。



(100316)





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