春よこい | ナノ




 彼からはじめてそれを聞いたときの衝撃は今でもよく覚えている。いつものボクならばそんな重い事実を伝えられたところで笑って声をかけてやることができた、はずだった。それでも開いた口からは何も紡がれず二酸化炭素がただ吐き出されていくだけで、やっぱりお前にこんな話するべきじゃなかったよな、少し残念そうに、悲しそうに笑うタッツミーの表情を直視しているのがつらくて、ボクは逃げ出した。
 弱い人間だと思う。サッカーをしているときのボクはチームの王子様として自由気ままにプレーしているし、どんな大口だって物怖じしないで叩ける。それがボクという人間の表の姿だとしたら、裏の姿はその真逆だ。本当はとても弱虫で、情けなくて、かっこ悪い。王子様だってただの人間なんだ。そんな弱音、誰にも吐けなくて。でも彼の前にいたら見透かされてしまいそうで怖くて、その場から姿を消すことしかできなかった。
 どうしてタッツミーはあんなにも堂々とその両足で立っていられるんだろう。もうボールを蹴ることも走ることも叶わない足で。たとえばボクたちがのびのびとサッカーをしている姿を見て、彼はどんなことを思うのだろう。純粋に羨ましがっているのか、それとも自分を恨んでいるのか。いや、違う。そんな体になってもなおサッカーから離れないなんて、答えはきっと単純明快。
 じゃあボクはいつまで彼から逃げるつもりなのか。ボクが怖がってどうするんだ。ちゃんと正面から向き合って、伝えないと。

「ねえ、ボクの話を聞いてくれる?」
「うん?」
「ボクはね、とても弱い人間なんだ。つらいことや悲しいことからはなるべく目を背けて、知らないふりをして生きていきたい、そう思ってた」
「うん」
「でもね、タッツミーのすべてを受け止めてあげたい。君が苦しんでるときにそっと抱きしめてあげたい。君のそばにいたい」
「ジーノ」

 最後まで目を逸らさずに告げた。彼の表情は普段と何ら変わりのないものだったが、きちんとボクの言葉に耳を傾けてくれていることは理解できた。うん、うん、ひとつひとつ頷いて、稚拙なそれをゆっくり噛みしめて。それからボクの名前を呼んで、少し照れくさそうにはにかんでくしゃりと無邪気な笑みを浮かべて。

「ありがとな」

 細い身体を抱き寄せる。芝生の匂いのするジャケットに顔を埋めて、ひとつ息を吐き出した。彼の髪にへばりついた桜の花びらを一枚摘んで口付ける。恥ずかしいやつ、そうだね、他愛ない言葉の応酬が何より愛しく思えた。



(110519)





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