おねだりをおねだり | ナノ




 さすがは王子様が言うだけのことはある。彼はまさしく犬のような人間だった。グラウンドを転がるボールを追いかけ、どんなに遠く離れたところからも凄まじい速さで食いついてくる。それだけが彼の取り柄なのだろうが、確かな脅威でもあった。俺も実際に戦って肌であの空気を感じ取ったのだ、今でも覚えている。
 達海さんのチームにいる限りこれからいい部分をどんどん伸ばしていって、やがては代表選手に選ばれ、海外からオファーがくる、なんてことももしかしたら。うらやましいな。まだ若く未熟な彼のことだ、いくつもの可能性を秘めていて。それでいて大好きなサッカーをこれからもずっと続けていける。椿くん、俺は君がうらやましいよ。その足を折って二度と使えなくなるようにしてやりたいほどには。
 じい、と見つめる視線に気づいたのか、反射的に顔を上げ、目が合った瞬間に慌てて逸らされる。彼は俺のことが怖いみたいだ。いや、俺でなくてもそういう反応をするのかな。なんてったって極度のチキンだもんなあ、そんなんでよくピッチに立てるよなあ、椿くん。
 彼はサッカーを愛しているのだと思う。俺と同じように。サッカーを愛する達海さんの下で自分の思うようにプレーすることができるなんてさ、俺からしたらまったくいいご身分だ。別に今のチームに不満があるわけじゃない。あるとすればそれは自分への苛立ちや嫌悪感に他ならない。どうして俺じゃなきゃだめだったんだ、どうして椿くんはよくて俺はだめだったんだ、そうやって心の奥底にどす黒い感情が燻って、神様なんているわけないと現実を突きつけられる。

「椿くん、おいで」

 名前を呼んで手で招くと恐る恐るこちらへ近づいて俺の膝の上へ申し訳なさそうに腰を下ろした。ほんと、かわいい忠犬だね。王子様にはもったいないよ。でも王様の犬って感じでもないかなあ、俺が服従させたいのは椿くんみたいな犬じゃないんだよなあ、まあ別にいいんだけどさ。震える足をそっと撫でてやると恐怖に引きつった顔が青白く染まった。
 俺はさ、確かに椿くんがうらやましくてたまらないけど、大丈夫だよ。君のこと嫌いじゃないもの、大好きだもの。だから今はまだこうして放し飼いにしておいてあげるんだ。いつか、俺の我慢がならなくなったときにはどうなるかわからないけどね。ふふ、微笑んで黒髪にそっと指を絡める。その表情、たまんねえよ。

「ね、キスしてっておねだりして」
「えっ、あ、……持田、さん……」
「王様のお願い聞いてくれないの? 椿」
「……っ……キ、……キ……」
「あー……もういいよ」

 突き放すと同時に縋りついてくる可哀想な犬の頭を撫でてやり、顎を持ち上げて唇を奪った。必死だね。そんなにならなくたって俺は君のこと捨てたりしないのにさ。馬鹿で鈍感なくせにそういうのは察しちゃうタイプなんだ。でもさ、こういうお遊びだって全力で楽しまないと。サッカーと同じだろ? なんて嘲笑すれば瞳に涙を浮かべて。
 いつからそんなに俺のこと好きになっちゃったの、椿くん。最初からわかってたくせに。俺は王様だけど、君はそこらの野良犬と一緒なんだよ。意味、わかるよね。王様と釣り合うのはそれと同等の地位の人間だけなんだからさ。俺が欲しいのは椿くんじゃないの。と、ここまではっきり言ってやったらさすがに可哀想だと思い、堪えて鼻の頭を擦りつけた。林檎みたいな頬の色に思わず笑いが込み上げる。

「ちょーかわいい」
「か、……かわいくないっス……」

 まあ、もし君がその足を折られてでも俺の傍にいたいっていうんならまたそれは別の話だけどね。



(110427)
title by 伽藍





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