楽しい愉しいお遊びを | ナノ




 授業を終え、賑やかな教室をそっと後にする。最近は生徒たちも落ち着いてきたのか、特に目立ったトラブルもなく、クラスは平和そのものだ。一番の厄介者である彼の兄も、最初のうちこそしょっちゅう問題を起こしてはいたが、持ち前の明るい性格のおかげで今ではすっかり周りと打ち解けている。
 雪男が最も杞憂していたのはもちろん燐のことだったために、正直安心はした。寮の同じ部屋でわざわざ生活を共にし、日々監視を怠ってはいないものの、たった一人の兄であると同時に危険な存在である彼を弟の雪男が心配しないはずもなく。
 長い学園の廊下には他に教師も生徒もおらず、雪男のきびきびとした足音だけがずっと奥の方まで反響している。もう今日の分の講義はすべて終了したことだ、久しぶりに早く寮に戻って身体を休めよう。皮肉なことに、彼には珍しい、そんな気の緩みがすべての悪の元凶となりえるとは、まさか当の本人も想像しなかっただろう。その証拠に、背後から影が覆い被さった瞬間、咄嗟の判断が鈍って受け身を取ることも反撃に出ることもできず、数々の実践を積んできた彼の身体でさえ易々と壁に叩きつけられた。

「っ……」
「おや、奥村先生。考え事とは感心しませんね。学園内とはいえ、絶対的な安全が守られているわけではないとあなたならばおわかりでしょうに」

 人を堂々と襲っておいてよくもまあそんなことを。至近距離でにたり、いやらしげな笑みを浮かべる男に雪男は唇を噛んだ。
 彼とはもう随分と長い関係になる。父が生存していた頃からの知り合いだ。それだけで済ませられるような間柄であったら、どんなにか気楽であっただろう。獅郎が死んで、燐が正十字学園に入学し、ますます雪男はメフィストから逃げられなくなった。それもこれも大切な兄を守るためであるから、苦行を強いられているとは思っていない、といえば嘘になる。得体の知れない男に幼いうちから何年間もそういった行為を強要されつづけ、それに怯えつつも拒絶することができないという、どうしようもない状況は今も雪男を苦しめているのだ。

「やめ……離してくださ……!」
「人目を気にするというのでしたら、私の部屋へ行きましょうか。時間はたっぷりある……いけない子はしっかり躾けてあげないと、ねえ」
「兄さ……」

 喉の奥から搾り出した悲鳴は吸い込まれ、誰もいなくなった廊下に再び静寂が戻った。そうして今宵も狂気に満ちた遊戯が始まることを、兄が知ることはない。



(110320)





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