愛に隷従 | ナノ




「デリックは、僕のことが嫌いですか?」

 そうやって悲しそうな顔で問われたら肯定できるはずがないと知って、敢えて聞いてくる日々也は本当に性が悪いと、つくづくデリックは思い知らされ、また首を横に振る。煌びやかなマントを纏った王子は、よかった、安堵して笑みを浮かべ、いまだびくびくと相手の様子を窺う彼をそっと腕の中に収め、先ほどまでの笑顔とはまた違ったそれで微笑んだ。
 日々也の自分へ向けられる愛情が歪んだものであると、デリックはとうの昔に気づいている。それでも彼から離れることができないのは、運命の赤い糸とやらでしっかりと結ばれているからなのであろうか。いや、もしかしたらそんな生温いものではなく、鋼鉄の鎖で全身を雁字搦めに固定されているのかもしれない。どちらにしろデリックの微弱な力では彼の前に跪くことしか叶わない。逃げることも、泣くことも許されはしないのだ。
 低く頭を下げた眼前に当然のように差し出される足。ぴかぴかに磨かれた靴に目をやり、それから遥か高い位置にある日々也を見上げる。彼は何も言わなかった。ただ、デリックに残酷な笑顔を向けるだけだった。

「……どうしました?」
「……日々也……俺は……」
「口を開く暇があったら、さっさと舐めてください」

 まるで奴隷に喋る権利などないとでも言うように、ぴしゃり、冷たい言葉が突き刺さる。涙が零れそうになる衝動を何とか堪え、地面に這いつくばるような姿勢のまま、デリックは日々也の靴にそっと手を添え、舌を伸ばした。
 こんなことをして何の意味になるのだろう。自分は本当に彼に愛されているのだろうか。デリックはわからなかった。ただ、彼の命令に逆らうわけにはいかないという暗黙のルールだけが脳内に強くこびりついていて、それ以外を考える余地などなかった。それに、こんなかたちでも日々也に触れられる事実が恐らくは嬉しかったのだ。下賤の者が彼のような気高い王子に手を伸ばすことなど本来は許されないはずなのだから。そう考えればなんと幸せなことか、頭の中で必死に惨めな自分に言い聞かせてみても、デリックの頬をうっすらと涙が伝う。

「ねえ、デリック。僕は君のことを愛してやまないんです」
「俺も、」
「だけど君に、僕を愛する資格なんてない。わかりますよね?」

 日々也の言うことは間違ってなどいなかった。だからこそかもしれない。表面の光沢にくまなく舌を這わせていきながら、デリックは思う。禁忌に触れる快感はこんなにも己を喜ばせて仕方がないのだと。



(110320)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -