これもひとつの、 | ナノ




 シズちゃんが俺に暴力を振るうようになった。いや、そんなことは今に始まったことではない。彼は以前から俺を殺したがっていたし、当然といえば当然なのだ。けれど恋人同士になり、今や毎晩愛を育む関係でもあるというのに、突然こんな。彼は壊れてしまったのだろうか。
 俺を殴るときのシズちゃんの瞳はまるで肉食獣のそれのようだ。昔と同じ、本気で殺しにかかってくるその勢いで。何度も身体中の骨が折れ、いくつか内臓がやられたことだってあった。けれど俺はひとつの抵抗も見せないし、逃げることだってしない。いつ彼に殺されるかもわからないのに、この生活をむしろ楽しんで続けている。
 ひとつ断っておくが、俺はマゾヒストでも何でもない。他に特殊な性癖を持ち合わせているわけでもない。敢えて言うならば、彼を異常なまでに愛している。自らの命を捧げてもいいとは思えるくらいに。ただそれだけの話だ。

「……シズちゃん、泣いてるの?」
「だって……っ、俺……お前のこと、こんなに傷つけて……」
「いいんだよ、そんなことはどうでも」

 散々俺を殴った後、血のべっとりとついた己の拳を見て我に返り、シズちゃんは泣き崩れる。自分が何をしたか、目の前の光景が信じられなくて、ただただ悲しそうに涙を流す。可哀想に。折れた腕は上がらず、頭を撫でることも抱き寄せることもできない。それが悔しくはあったが、俺は幸せだった。
 精神の壊れたシズちゃんが俺を傷つけて、後悔して、怖くなって、絶望して、俺のために泣く。愛されてる証拠じゃないか。そう考えたらこの暴力だって彼の愛情の一環に違いない。シズちゃんの愛を一身に受けることができるなら、どんな傷も愛しく思えてしまう。

「俺のこと愛してるんなら、もっと殴ってよ」
「……いざや……」
「そうしたらそのぶんだけ、シズちゃんの中に俺という存在が刻み込まれる……それはとても幸せなことだ」

 俺はおかしなことを言っているだろうか。まったくそんなことはない。愛する人に愛されたいと願うのは自然の摂理だ。だからシズちゃん、俺を愛して。どんなかたちであろうと君の愛を全身で受け止めるから。
 微笑みかければ彼の表情から血の気が引いていき、紫に変色した唇がわなわなと震える。怖がらないで。今の俺は怯える君の身体を自分から抱きしめることもできないけれど、大丈夫。腕も足も正常に動かなくたって、誰かを愛するのはこんなにも簡単だ。



(110320)





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