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「静雄くん」

 いつものように授業をサボタージュし、春の柔らかな陽射しが注ぐ屋上に寝そべって惰眠を貪っていた静雄の頭上に、爽やかな声が降ってくる。それは彼が今もっとも憎んでいる人間のもので、目を開くより先に反射的に拳を振り上げるほど、その存在が忌々しく脳内に焼き付けられていたわけで。音速で放たれた強烈な一撃もするりとかわし、臨也はさもおかしそうにくすくす笑い声を上げる。
 睡眠を妨害された静雄の苛立ちが最高潮に達するまでにそう時間はかからない。反動をつけてコンクリートに預けていた身を起こし、ひらひらとこちらに向かって手を振る姿を睨み付ける。この緊迫した状況の中、檻から解放された猛獣を目の前にしても、まるで洗練された調教師のように立ち振舞う臨也の表情には余裕が滲み出ていた。牙を剥き出して噛みついてくる静雄の猛攻をものともせず、屋上のフェンスの上に軽やかに腰かけ、臨也はまた微笑む。それは愉しそうに。

「シズちゃんって呼ばれるの、嫌なんでしょ? だから静雄くん」
「そういう問題じゃねえことは手前が一番よくわかってんだろ……? 臨也くんよぉ……」
「……怖いなあ。そんなに睨まないでよ」

 やれやれ、といったふうに肩を竦め首を左右に振り、それから神妙な顔つきで静雄を見やる。今まで見たことのない臨也の表情に一瞬息を止め、深く吐き出した。春風に乗って高く舞い上がった桜の花びらが金糸に絡み付き、それに思わず頬が綻ぶ。あのいやらしい、何か悪巧みをしているときの笑みとはまた違った、愛しいものに向けるような慈愛に満ちた。
 そこまで考えて思考を振り払い、この男に限ってそのようなことがありえるはずがないと、静雄は唇を噛み締める。ぎゅっ、と尖った犬歯が食い込み僅かに血の浮き出るそこに、再びコンクリートへと降り立った臨也の指が触れた。隙をついて生まれた油断に取り入り、内側から侵食して呪いをかける。影を縫い付けられたかのように指の一本すら動かすことができない。ごくり、息を呑んだ。

「静雄、」
「っ……」
「今度からはそう呼んであげる」

 指先に付着した鮮血にゆっくりと舌を這わせ、静雄の頭の上の小さな花びらを学ランのポケットの中へそっと忍ばせる。その一部始終についに黙っていられなくなり、硬直した身体を無理矢理に動かしたときにはそこに臨也の姿は見えず。
 互いの頬に熱が集まる理由を彼らが知るのは、果たしてあとどれくらい先の話になるのだろうか。今日は来神高校の卒業式である。



(110320)





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