忘れてくれるなと月が哂う | ナノ




「ねえ、シズちゃん。覚えてる?」
「……何を」
「高校時代の話。君が昼休みに食べようと思って楽しみにとっておいたプリンを俺が勝手に食べて、よくこんなくそ甘いもん食えるね気持ち悪い、って窓から投げ捨てて」
「手前それ以上言ったらぶん殴るぞ」

 一瞬そちらに目をやり、しかし静雄は眉間に深く皺を寄せただけで、また膝の上に置いた雑誌に視線を戻した。随分とおとなしいものだなあ、興味深そうに口元を緩めて臨也は大きく伸びをする。こんなに近くで息をしているのに。さして苛立った様子も見せず、ぱらぱらと紙の擦れる音を立てながらゆっくりとページを捲っていく。
 不思議なものだ。あれだけいがみ合い、憎み合い、顔を付き合わせれば殴り合って互いに血を流していた二人が、穏やかな表情で隣り合わせに腰かける日がやってこようとは。さすがの臨也もそんな未来は想像できなかったのだろう。予想がつかないからこそ人間はおもしろい。もっとも、その隣の彼は臨也にとってあくまで化け物でしかなかったのだが。

「でもさ、ちゃんと忘れないでくれたってことだよね」「あんなムカつく出来事、忘れられるわけねえだろ」
「確かに」
「おい、犯人のくせになに傍観者気取ってんだよ」
「あれ、シズちゃんが珍しくまともなこと言ってる」

 びりびり。捲ろうと指で摘んだ薄い紙に亀裂が入り、みるみるうちに全体に広がっていく。なんだ、我慢していたのか。最近の静雄はというと、以前のようにがむしゃらにではなく、己の感情を少しずつではあるがコントロールできるようになっていた。彼が短気なことに変わりはないが、そこで怒りを覚えたとしてなるべくすぐには表に出さないように努力をしている。物を壊すのも最低限に抑えないとまた上司に文句を言われてしまうし、自分が周りに迷惑をかけていることくらい静雄もきちんと理解していた。
 だから、滅多なことで怒らないように怒らないようにと、感情を制限するよう努めてきたというのに。いつも臨也が邪魔をする。それでも手だけは出すまいと必死にわなわなと震える拳を握りしめる静雄に、苦笑を溢す。化け物の彼が人間に生まれ変わろうと足掻く姿は情けなく、それでいて愛しいものだ。これだから人間観察はやめられない、と臨也は思う。

「今考えると、」
「あ?」
「あのとき俺が君に言った言葉、そっくりそのまま自分に返してやりたいなあって」
「……、……な、……」

 しばらくして、意味を理解したのだろう。静雄の頬が羞恥からか、ほんのりと赤く染まっていく様子が見てとれた。それに満足そうににんまり笑みを浮かべ、やぶれた雑誌を握りしめたままの彼の手をとって自然な流れで血管の浮き出た甲へ唇を寄せる。そうして戸惑う唇に人差し指を添え、また小さく笑って。照れくさくなったのか顔を背ける静雄へひとつ、囁いた。



(110420)
title by 伽藍





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