恋愛実験 | ナノ




#臨静、新セル前提



 はぁ。ソファに深く身体を沈めたまま口を開かず、ただ黙って指をそわそわと動かす友人の姿に、この家の主である白衣の青年は本日何度目かの溜息をこぼす。
 鮮やかな金髪に色の濃いサングラス、そしてバーテン服を纏った、細身ではあるが自分よりも幾分か幅のある身体。池袋では誰もがその存在を知っており、常に恐怖の対象とされてきた、あの平和島静雄が。まさかこんなにも身を縮め、まるでどこかの儚げな女子高生のようにじっと蹲っているなんて、もしかしたらこれは夢かもしれない。
 テーブルの上のマグカップを手に取り、少し冷めたコーヒーを啜りながら目の前の彼に視線を向ける。こちらに気づいているのかいないのか、静雄はそれでも何も喋ろうとはしなかった。
 彼が新羅のマンションを訪れたのは、いつものように仕事の依頼を受けた恋人のセルティが家を出た直後のことであった。忘れ物でもして戻ってきたのかな、まったくセルティってばドジっ子なんだから。そんなところも愛しくてたまらないけどね。と、脳内で実に都合のいい妄想を膨らませながら扉を開け、玄関先で申し訳なさそうに佇む静雄を見た瞬間に、新羅が何を思ったのかは想像するに足らないことであるが。
 しかし、本当に黙ったままだな。困ったように肩を竦め、新羅は再び大袈裟に息を吐き出した。びく、何らかの感情を読み取ったのか静雄の身体が僅かに上下する。こんな静雄見るの、久しぶりかもしれない。研究者としての抑えきれない興奮を何とか押しとどめながらも、まずは話を聞くところから始めなければ、新羅はゆっくりと口を開く。

「どうかしたの?」
「…………、」
「黙ってたら何もわからないよ。まぁ、大体の想像はつくけどね。……どうせ臨也と何かあったんだろ?」
「っ……なんで……お前、俺の考えてること、わかるのか……?」
「あいにく、僕は超能力者でも何でもないさ。それにもしそうだったら、セルティともっとうまくやってるだろうし」

 なんてね、冗談めいた言葉とともに苦笑を洩らし、ようやく顔を上げてこちらを向いた静雄の瞳を真剣な面持ちで見据える。
 静雄が臨也と、いわゆる恋人同士であるということは周知の事実であった。まさかあの二人が、周囲が驚きに包まれる中、新羅はといえば、別段取り乱すこともなく、ようやくか、むしろ安堵していた。彼らが学生時代から想いを寄せ合っていたことくらい、一番近くで見守っていた新羅にはよくわかっていたのだから。
 二人の場合、いきなり甘い関係になんてなるはずがない。いや、そんな間柄になること自体、この先付き合い続けたとしてありえないかもしれない。それほどに臨也も静雄も恋愛においてひどく不器用で、自分の気持ちを素直に相手にぶつけたことなどなかった。とはいえ、まさか静雄に恋愛相談される日が訪れようとはさすがの新羅も思いもしなかっただろう。確かに恋人同士になったことで彼らにそこまでの大きな変化があったわけではなくとも、それなりにうまくいっていたであろうに。
 だが、静雄の表情を窺う限りは、何か嫌なことがあったわけではなさそうだ。迷い、戸惑い……一体何に対して? 新羅が聞くより早く、今度は先に静雄が言葉を発した。

「……最近、ノミ蟲がうぜぇ」
「それは昔からじゃないか」
「……そうだけど……なんつーか、そういうんじゃなくて……その、……ことあるごとに、聞いてくるんだよ」
「へぇ、何を?」
「……、本当に、俺のこと……好きなのか、って……」

 それを耳にした新羅は、おや、意外そうに驚いた。まさかあの臨也がここまで特定の人間に執着するとは。愛されてるねぇ、静雄。こんなことを言おうものならすごい勢いで拳が飛んできて、それこそ外まで殴り飛ばされると思い、辛うじて呑み込んだが。
 に、しても。今のこの静雄の表情を臨也に見せてやったらどんな反応をされるだろうか。かっと頬を赤らめ、もじもじと落ち着きなく手や足を動かし。どうせ頭の中は臨也のことでいっぱいなのだろう。見ているこちらが恥ずかしい、新羅は頭を抱える。もちろん自分とセルティのことは棚に上げての話だが。

「静雄はどうなの?」
「え……」
「臨也のこと。好きなの?」
「っ! あ、え……う、……そんなの、わ、わかんねぇ、……」

 おもしろいほどに動揺し、どうすればいいかわからず思わず言葉に詰まって舌足らずになる静雄に、新羅はだんだんと彼をからかうことに快感を覚え始める。池袋最強の喧嘩人形も恋を知って弱くなったということで、もしかしたら臨也の前ではずっとこんな調子なのだろうか。いや、恐らくこれは心を許せる友人の前でしか見せない静雄の一面で、いざ恋人を前にしたらまたいつもの彼に戻ってしまうに違いない。だからこそ、臨也は静雄に問いただしたのだ。あまりにも露骨に拒絶され、不安になったのだ。
 化け物同士のくせに誰よりも人間じみた恋愛するんだなぁ。僕も人のことは言えないけど。くすり、微笑んでおもむろに腰を上げると、静雄の正面に立った新羅はそのまま彼の手首を掴み、ぐっ、と鼻先が触れ合う距離まで顔を近づけ、形のいい薄い唇でゆるく弧を描いた。

「じゃあ試してみようか」
「……試す……?」
「君の気持ちを。……あ、嫌なら本気で抵抗してね」

 ごめんねセルティ。初めて君以外に欲情したかもしれない。心の中で呟きつつ今は留守中の恋人を頭に思い浮かべながら、黒縁の眼鏡を片手で器用に外し、一歩身を乗り出した新羅に、二人の影は音もなく重なった。



(110208)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -