包み込んで、抱擁 | ナノ




#来神時代



 後悔先に立たず、とはよくいったものだ。実際、今までの俺の人生はまさに後悔ばかりで、しかもその反省を次に活かせていないのだから、ちっとも進歩していない。我ながらそれは愚かなことだと思う。そして自己嫌悪に陥る。ああ、またやってしまった、と。
 俺の場合、大抵の後悔はこの人並み外れた化け物のような力から生み出されるのであって、そんなことは自分でも深く理解しているはずなのだが、結局感情が昂ぶってしまえばうまくコントロールすることができずに爆発してしまう。今日だって、昨日だって、一昨日だって。毎日が後悔の連続だ。
 特に、家に帰ってきた傷だらけの俺に突き刺さる幽の視線が一番つらい。別に、幽は不満を顔に出したり、口にしたりするわけではない。ただ黙って傷口を消毒し、絆創膏を貼ってくれる。その気遣いが俺を苦しめる。
 俺は、本当に出来損ないの兄だ。たった一人の弟に余計な心配をかけることしかできない。何度も繰り返し、後悔し、それでも学習することがない。幽はこんな俺をどう思っているのだろうか。怖くて聞くことなんてできるはずがなかった。家に帰りたくない。幽の顔を直視できない。
 はぁ。本日何度目かの溜息が自然とこぼれる。授業はとっくに終わっていて、もう教室に俺以外の生徒の姿はなかった。夕日が沈んでいく。そろそろ帰らなければ。重い腰を持ち上げる。と、視界に黒い影が映り込んだ。一瞬錯覚だと思い目を擦る。再びその先を見つめる。到底気のせいなどではなかった。ノミ蟲だ。俺がこんなにも後悔を繰り返す要因のひとつ。

「どうしたのシズちゃん、溜息なんかついちゃって。幸せが逃げるよ」
「てめぇ……何の用だ……!」
「何って、ちょっと教科書忘れちゃってさあ。取りに戻ってきたところ」

 そう言ってするりと俺の横を通り過ぎ、机の中をごそごそと漁る。何食わぬ顔をして。気に入らない。ムカつく。イライラする。どうしてこいつはこんなに飄々としていられるんだ。人の気も知らないで。ああ、そうか。俺が嫌いだからか。俺の困った顔が見たいからか。ふざけやがって!いまどき小学生でもそんなことしねぇぞ。ムカつく。イライラする。一発ぶん殴ろうとも思ったが、また後悔するのが躊躇われて小さく舌打ちだけしておいた。

「シズちゃんの考えていることを、当ててあげよう」

 どうしようもなく頭にきてなるべくノミ蟲のことを考えないようにしていたら、いつの間にか当の本人が目と鼻の先でにっこりと笑っていて俺は思わず飛び退いた。あ、俺、今よく手出さなかったな。すげぇ。

「君、甘えたいんだろ」
「……は?」
「お兄ちゃん、って肩書き、たまに嫌になるよねえ。わかるよ。俺もその立場の人間だからさ。常に下の兄弟の見本になるように立ち振る舞わなきゃならないのは、結構な重荷だ」

 いきなり何を言い出すのかと思えば。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。あのノミ蟲が、俺の前で、おかしな演説を始めた。それだけで俺は簡単に放心状態になって、何か言う気も失せ、気づけばノミ蟲の言葉に耳を傾けている始末だ。殴って黙らせればいい。どうせこいつの言うことはろくでもないのだから。それなのに、こんなときに限って手が動いてくれない。なぜだろう。

「だから、はい」
「……なんだよ」
「ヒント、俺はシズちゃんより八ヶ月も早く生まれています」
「……?」「……あーあ、ほんっとに……頭悪いよね」

 脇に抱えていた教科書を放り投げ、大きく両手を広げて俺に穏やかな笑みを向けるノミ蟲は正直にいって気持ち悪い。どうせまた何かよからぬことを考えているんだろう。でもその手には乗らねぇぞ。俺だってそう毎回毎回同じ罠にかかるバカじゃあ、

「ほら、思う存分オニイチャンに甘えなさい」

 ね? 首を傾げるノミ蟲が余計に憎たらしくて、だが振り上げた拳に込めた力はすうっと抜けていって、驚くほど自然なかたちで俺は、その腕の中に吸い込まれた。



(110203)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -