君に触れたいと願う | ナノ




 深夜三時。仕事を終え帰宅し、薄っぺらい布団に深々と潜り込んだ俺は、枕元の携帯が勢いよく鳴り出したのに、ぱちりと覚醒した。こんな時間に誰だ。非常識にもほどがある。二つ折りの画面を開き、表示された名前に思わず眉間を寄せた。登録した覚えはない。だとすれば、奴が勝手に俺の携帯をいじって、自分の番号をしっかり刻み込んだのだろう。イライラする。それはもちろんこんな夜中に電話をかけてきたあのノミ蟲野郎に対してと、奴から電話がかかってきたことに何か言い知れぬ期待を抱いている自分自身に対しての、二重の苛立ちだ。
 しばらく液晶を見つめていた。折原臨也。喉の奥でその名を呼んでみる。やはり、無性に腹が立った。少し力を込めればすぐにでも折れてしまいそうな、脆く弱い機体。あいつの細い手首を思い出して、力が抜ける。何をしているんだ、俺は。気持ち悪い。ノミ蟲はノミ蟲で、それ以上でも以下でもない。どうせあいつだって、俺のことを勝手のいい遊び相手だとしか思っていない。当たり前だ。俺たちの関係なんて、昔から希薄だった。だからこそムカつく。いいように振り回されて、俺ばっかりがこんな。
 悔しいのだろうか。馬鹿馬鹿しい。睨むようにキッと画面を見つめ、通話ボタンを押して耳に押し当てる。ひゅうひゅう、風の音が聞こえた。

『シズちゃん?』
「……何のつもりだ」
『ああ、聞こえてるならちゃんと返事してよね。ていうか、出るの遅すぎ。何してたの? 仕事はもう終わったはずでしょ』
「……いちいちうぜえ……俺が何してようが、てめえには何の関係もねえだろ!」
『ひっどいなあ』

 怒鳴りつければ、くすくすと嘲笑が返ってくる。どうして俺はこんな奴と、こんな時間に、普通に会話などしているのか。ノミ蟲の憎たらしい笑顔が脳裏をよぎり、思わず携帯を握りしめる手に力を入れる。みし、軋む音がして、向こう側の臨也が、ダメだよシズちゃん、これで何台目なの、愉しそうに茶化した。ふざけやがって、ふざけやがって!
 今にも新宿まで飛び出しそうになる衝動を必死に抑える。ここで怒りに身を任せれば奴の思うつぼだ。耐えろ。そう自分に言い聞かせて何とか踏みとどまるものの、恐らくそれも時間の問題だろう。俺だって昔に比べれば感情をコントロールできるようになったはずだが、ノミ蟲が絡んでくるとなると話は別だ。
 これ以上喋るな、その声で俺の耳元で、言葉を発しようとして、俺はごくりと息を呑む。

『声、聞きたくなったんだ』
「……は……、」
「ううん、声だけじゃ足りない。会って実際に触れたいよ、ねえ、……シズちゃん」

 震える手で携帯を握りしめたまま、転がっていた身体をゆっくりと起こし、カーテンを開く。窓の外で寒そうに縮こまり、こちらを悩ましげに見つめる黒猫が一匹。誘われるままに開け放った窓の隙間から掌を差し伸べる。猫の形のいい唇が綺麗な弧を描いた。
 ああ、ちくしょう。最初から俺に勝算なんてなかったんだ。強引に引き寄せた手首は、相も変わらず細い。



(110124)





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