いたずらないじわる | ナノ




 この厄介者と暮らす限り平穏が訪れることはない。せっかくの安眠を妨害され、ムカついて怒鳴りつければ泣かれ、一体何をしているんだ、俺は思う。だが情けないことに、覚醒して間もないところまだ眠い目を擦りつつも、腹が減ったとうるさく喚き散らす津軽を黙らせるため、こうして今狭いキッチンに立ち尽くしているのが事実だ。
 まったくあのデカいガキときたら、迷惑で仕方がない。こういう肝心なときに静雄は仕事でいねえし。どうして俺がこんな子守りみたいなことしなきゃなんねえんだよ、悪態をつきながら冷蔵庫の中を覗く。ジャンクフードに頼った生活をしているあいつがまともな食料を買っていないことくらい見当はついていたが、何の偶然か、今日はめずらしく肉も野菜も入っていた。炊飯器には昨日の白米がまだ残っているだろうし、適当に炒飯でも作ってまた昼寝に戻ればいい、ただそれだけのことだ。
 そう言い聞かせ、俺は自らの平穏を取り戻すため、スーツを脱ぎシャツの上からエプロンを身につけ、さっそく調理にとりかかろうとした、はずだったのだが。

「デリ……ごはんまだ……?」
「う、わっ」

 音もなく忍び寄ってきたそれは俺の背後から腰に手を回して抱きつき、ごく自然に肩に顎を乗せ、きょと、首を傾げた。突然のことで思わず変な声を出してしまったから、慌てて空いていた手で口を塞ぎ、何事もなかったかのように装う。案の定、バカで頭の弱い津軽はまったく気づいていない。
 ふう。ひとつ溜息をつき、料理の邪魔だからあっちに行ってろ、しっしっ、絡みついたままの腕を引き剥がそうとする。が、離れてくれない。かなり強い力で引っ張ってみても微動だにしない。中身はそのへんのガキと大差ないが、そもそもオリジナルがあの馬鹿力の持ち主だ。そりゃあ動かないわけで、って、冷静に分析してる場合じゃねえ。こんな状態で包丁握れるわけないだろ。いい加減にしやがれ、いよいよ本気で怒ってやろうと振り向きざまに開きかけた唇は津軽のそれによって塞がれた。

「ん、んっ……! ふ、」

 軽く皮を食むだけの拙い口付けから、舌を差し込み、内部をねっとりと侵食していく激しいキスへと変化していくのがわかる。別にはじめてというわけではなかったが、自分と同じ顔の、しかも自分よりどう考えても思考の幼いやつにこんなことをされるなど、正直認めたくないのであって。しかし逃れようにもがっちりと腰を固められ、いつの間にか脚の間にも膝が割り込まれているから、どうにもできない状態だ。
 そうしてしばらくちゅうちゅうと赤ん坊のように俺の唇に吸いついていた津軽だったが、やがて一通り堪能して満足したのか、ぷは、と解放して、くてり、凭れかかってきた。

「っ、いきなり何すんだ、てめ……っ」
「おなかすいた、から」
「はあ……?」

 腹減ったからキスしてくるってどういう了見だよ。なんてこいつに言ってもしょうがないことは俺が一番わかってる。とりあえず離れてもらわないといろいろ困るんだ。
 ちょっとだけ我慢してろよ、すぐ作ってやるから、そう言って今度こそしがみついたままの津軽の腕に手を伸ばし、俺は異変に気づいた。何か、熱いものが下半身に押し当てられているような。いや、きっと気のせいだ。冷や汗が流れるのを無視して震える手で仕方なく包丁を握りしめる。耳朶をいやらしく甘噛みしながら、とろん、熱に浮かされた瞳で津軽が俺を見つめている気配がした。

「ねえ、デリ」
「なん……」
「おれ、ごはんできるまで、まてない……さきに、デリのこと、たべる」

 腰を掴んでいた腕がするり、離れたかと思えば、シャツの上から胸板に触れ、きゅっ、的確に突起を探り当てて摘んでくる。過敏に反応する身体を憎らしく思いながらも背後の津軽を睨めば楽しそうな笑顔。右手でやんわりと包丁を奪い取り、少し離れた場所に、ことん、と冷静に置いた。
 こんなところで盛るなんて信じらんねえ、何考えてんだこのクソガキは! そう言ってやろうにも快感が先立って、唇の隙間から漏れるのは意味のない吐息ばかりだ。膝ががくがく震えて立っていられない。辛うじて姿勢を保っていられるのは、津軽が支えているからなのであって。
 ぐりぐりと押し潰しては爪を食い込ませ、相変わらず執拗に耳の中にまで舌を這わせながら内腿をぐるり、撫で回す。抵抗のひとつもできないのは、俺が心のどこかでこうされることを望んでいるからなのかもしれない。布越しに下半身に刺激を与えてくる意地悪なセンパイに、ぞくりと肌が粟立った。

「っ、ひ……あ、やだ……」
「うそつくの、だめ……デリ、ほんとうのこと、いって」
「……ん、ぅ……ちゃんと、直接……さわって……」

 頭がぼうっとする。いやらしい、くす、津軽が背後でさもおかしそうに笑う。ふざけんな、誰のせいだと思ってんだ。俺は眠いのを我慢してまでお前のために飯作ろうとしてたんだぞ、それなのに、どうしてこんな。人の善意を無駄にしやがって。これだからガキは嫌いなんだ。
 そんな俺の心を読んだとでもいうのか、津軽は、ごめんな、軽く頭を下げ、ちゅう、首筋に吸いついてきた。やばい、熱くて何も考えられない。頼むから帰ってくんじゃねえぞ、静雄。強く念じつつ、理性だけは失わないようにと必死に自分へ言い聞かせた。

「デリがかわいいのが、いけない」
「かわいくねえっ……も、バカ……早く……」

 ベルトが引き抜かれ、スラックスがばさりと足首まで落下する。もともと下着は履かない主義であったから、それだけでもう下半身には何も身につけていない状態になってしまった。ただでさえエプロンなんてしてるもんだから妙な背徳感に襲われてるっていうのに。料理作るような場所で、立ったまま、とか。
 先端から蜜を零して主張する俺のそれを無視して尻を揉みしだく津軽を睨む気力さえなく、うずうずと太腿を擦り合わせることしかできない。これじゃあ俺の方が求めて求めて仕方のないやつみたいじゃねえか。違う、そうじゃない。だって、俺がこんなふうになっちまったのはセンパイの責任で、俺は悪くなくて、

「あっ、ふ、……や、やぁ……」
「いやじゃない、でしょ」

 おもむろに挿入された指が内部をいたずらに掻き回す。本来なら俺がその役目を担うはずが、どうして、自分から欲しがって腰を振るなんてこと。
 嫌じゃない。そう、まったくそのとおりなわけだが、認めたくはない。もっと欲しい。こんなものじゃ足りない。だけどそんなこと声を大にして言えない。言えるわけがない。

「なにが、ほしいの」

 バカ。意地悪。わかってるくせにわざと聞いてくるなんて。最悪。嫌いだ、お前なんて。嫌い、嫌い。それを言ったら泣くんだろ。そういう卑怯なところも嫌いだ。
 ガキを相手にするのは本当に骨が折れるんだぞ。静雄のやつ、帰ってきたらただじゃおかねえからな。くそったれ。

「センパイが、ほしい……で、す……」

 後ろから押し当てられた熱い塊に、俺は安心して理性を手放した。



(101222)





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