私とあなたの永遠について | ナノ




 朝起きて、顔を洗って、着替えて、食事をして、歯を磨く。そんな当たり前の行為を毎日決まって繰り返すように、津軽が俺のそばへ影のように寄り添うのももはや日常になりつつあった。おはよう、いってらっしゃい、おかえり、おやすみ。長いこと一人暮らしの生活を続けてきた俺に、目覚めてから眠りにつくまで欠かさず挨拶をしてくれる存在があらわれたということは、心のどこかで支えになっていたのだろう。そのおかげか、最近の俺はやけにいい気分で日々を過ごしている。仕事中、イライラして物を壊すことも少なくなったし、池袋でノミ蟲を見かけてもいきなり殴りかかったりしなくなった。俺が変わったことに対して周囲は奇異の目を向けてきたりもしたが、それもまったく気にならない。なぜなら俺には、帰る家があるから。津軽の待つ、あたたかい家が。

「……ただいま」

 疲れ果てた顔で玄関の扉を開けると、狭い居間の方からぱたぱたと足音が響いてきて、やがて青い羽織に身を包んだ津軽がひょっこりと姿をあらわす。そうして甘えるように抱きつき、すんすんと肩口に顔を埋めて大きく息を吸うと、にこり、とびきりの笑顔を見せて俺の待ち望んでいた言葉を紡ぐのだ。

「おかえり、しずお」
「……ん」

 頷いて頭をわしゃわしゃと撫で、額に軽く唇を寄せる。それだけで津軽は花が咲いたようにぱあっと顔を輝かせ、ぎゅうぎゅうしがみついてくる。しかし、いつまでも玄関先でそうしているわけにもいかず、ほら、とその細く頼りない身体を押しやって狭い室内に連れ戻した。
 見た目も声も俺にそっくりの津軽だが、こいつは簡単に言ってしまえばアンドロイドのようなもので、俺たちとは少し仕組みが違っている。本来人間が満たすべき欲求も持ち合わせていないし、おそらく触れられたところで熱を感じることもないのだろう。それでも俺は津軽を双子の弟のようにかわいがっている。もう津軽のいない生活なんて、きっと考えられないほどに俺の頭の中は津軽で占められていた。

「ねえ、しずおは、おれのこと、すき?」

 ベッドに腰かけた俺に体重を預け、歌うように津軽は問いかけてくる。当たり前だろ、その肩をこちらへ抱き寄せて俺はゆっくりと微笑んだ。同じ顔が好きだなんて自分でもとんだナルシストではないかと思ったが、そんな簡単なことじゃないんだ。俺たちの関係は恋とか愛とか、そういう言葉で表現できるような単純なものじゃなくて。お世辞にも頭がいいとは言えない俺にはうまい言い回しが思いつかない、だけど。津軽が必要なんだ。大切なんだ。失いたくないんだ。いつからこうなったんだろう。いつから俺のそばには津軽がいてくれたんだろう。
 きらきらと硝子玉のように光る無垢な瞳が不安そうに俺を覗き込む。はっ、と我に返って安心させるように背中を撫でると、猫のようにじゃれついてきた。白い、青白いとまで形容できるような腕が首に絡みついて、やさしく唇を奪っていく。こうやって津軽と共有する時間が好きだ。本当は片時だって離れたくないのに。目を瞑って甘い夢の世界に浸る。そこには俺と津軽の二人きりで、俺たちを邪魔立てするような障害は何もない。いつまでもこうしていられたらいいのに。月並みではあるが、そう願わざるを得なかった。

「つがる、」

 ぱちり、目蓋を開いて眼前いっぱいに広がる津軽を噛み締めるように名前を呼び、柔らかな頬を両手で包んだ。なぜだか涙があふれる。理由はよくわからなくて、でもそれを拭うこともできなくて。ひたすらに俺の肌を伝う水滴に津軽は驚くと同時に、悲しそうに表情を歪めた。どうしてお前が泣くんだよ、おかしくなって笑うと、小さな衝撃とともにシーツに身体を縫いつけられる。スプリングが僅かに軋んで、俺も津軽もそのまま動きを止め、見つめ合った。

「ずっと一緒にいられたらいいのにな」
「……なんで、そんなことをいうの」

 泣きそうな、怒ったような顔をして、津軽が低い声で呟く。変なことを言ってしまった、と思った。まるですぐそこまで別れが迫っているような、そんな。ありもしない、望んでもいない未来を、俺は。だって、こんなにもお互いがお互いを必要としてやまないというのに。津軽がいなくなってしまったら俺は生きていけないかもしれないというのに。そんな自分に恐怖を抱いているだなんて、都合のよすぎる話じゃないか。

「しずおは、おれをおいて、いなくなる?」
「まさか」
「だったら、しょうこをみせて」
「……証拠……」

 ふと思案して、押し倒されたそのままの体勢で俺は津軽の手首を引き寄せた。バランスを崩した身体は重力に従って倒れ、距離が縮まり、鼻の頭がぶつかる。熱い吐息が顔にかかって脳がぐらぐらと揺れた。同じ顔が真剣に向かい合っているという、この上なく奇妙な光景。何が現実で何が夢なのか、そんなことはもうどうだってよかった。くしゃり、弛めた表情に津軽も満足そうに笑う。指と指の隙間を埋めるようにしっかりと絡め合って、重なる直前の唇がゆるりと弧を描いた。


「もう、ぜったいにはなさない」



私とあなたの永遠について

(101218)
提出:青い虚像





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