××をください | ナノ




#臨静前提



「ん、んっ……」
「……なあに、そんなにがっついちゃってシズちゃん……一週間もおあずけされて溜まってるのかな? やらしい顔……そういうの、嫌いじゃないよ。でも、俺これから仕事なんだ。悪いけどまた今度、ね」
「っ、臨也……」

 ああ、また、だ。口付けを軽く交わし、まるで何事もなかったかのように黒いコートを翻して去っていく臨也の背中に、俺は何も言えない。自然と疼く下半身に溜息を洩らし、ずるずると路地裏の湿ったコンクリートの上に座り込む。熱気はやがて冷やされ、空気に混じって溶けていく。俺たちの関係に似ていると思った。
 臨也とは、恋人同士だ。今でもそうなのだと俺は信じている。だけど、あいつはどうだろう。本当に俺のことを愛してくれているのだろうか。うわべだけの笑顔、やさしさ。臨也が心の内で何を思って俺に接してくるのか、わからない。好きだよ、囁く声色はひどく穏やかで耳に残って離れない。だが思い出してみれば、それすら偽りなのかもしれないと不意に自信がなくなる。そして同時に怖くなる。愛されていないのではないかという不安でなく、最初から俺には目もくれていないのではないかという絶望が、いつだって胸を苦しめるのだ。

「……帰ろう」

 情けない、女々しい自分が嫌いだ。本当はこんなもの、全部俺の被害妄想でしかないのかもしれないのに。それを聞いて確かめる勇気すらない。池袋最強だなんてどこの誰が言い始めた噂だか知らないが、俺は化け物でも何でもない、ただの弱虫でちっぽけな人間だ。恋もするし、臆病にもなるし、好きな相手に振り向いてほしいと願ったりもする。
 でも、だからこそ、普通の人間に成り果てた俺に臨也が興味を失くしたのだと言うのなら、それはそれで納得できた。ならば、なぜ俺は人間に生まれてこなかったのだろう。人間に生まれて、人間として出会って、人間として恋をしていたなら。俺は、臨也に少しでも愛されていたのだろうか?

「誰かいるのか」
「……! うっ……!」

 間近でぼんやりと青白くライトが光り、その眩しさに思わず目を瞑る。どこかで聞いたことのあるような、低く、相手を威嚇するような声。おそるおそる開いた視界はまだおぼろげで、ゆらゆらと揺れる人影だけでは判断のしようもない。目の奥がちかちかと痛みを訴えてくるのを無視して、じっと影に焦点を当てる。暗闇に映える白いスーツに、俺はごくりと唾を呑んだ。

「……おやおや、これはこれは……折原さんの」
「……どうも……」

 シニカルな笑みを浮かべるその人とは、臨也を通して何度か話したことがあった。仕事上よく取り引きをする相手らしく、詳しいことは俺にもわからなかったが、どこまでも不気味で感情の読めない男だと勝手な印象を抱いていたことを覚えている。

「今日は一緒じゃあないんですね」
「……ええ、まあ……」
「というより、こんなところで何を? いくらあなたが池袋最強といえど、路地裏で一人きり……しかもそんな、思いつめたような顔をして。少しは危機感を持つべきだと思いますがねえ」
「……あんたには、関係ないでしょう」

 知らぬ間に接近されていたことに気づき、一歩後退した足は乾いた音を立て無機質な壁にぶつかる。こんなときに、以前臨也に聞かされたことをふと思い出した。
 「俺が言うのも何だけど、あの人は狡猾だよ。だからシズちゃんみたいな単細胞は絶対関わったらいけない。痛い目を見るのがオチだもの」―――こつん、鼻と鼻がぶつかり、顔に吹きかかる熱い吐息がぞくぞくと背筋を刺激した。そのとき俺はすでに呑み込まれていたのかもしれない。踏み込んではいけない領域へ。

「折原さんは、実に愚かな男だ。このような素晴らしい上物を自ら手放すような真似をしてなお、過ちの重大さに気づきもしない。そしてそんな男に縋りつく術しか知らないあなたもまた、純粋ゆえに哀れ……違いますか?」
「っ、あ……ふ、う……」
「私は昔から己の欲に忠実でしてね……欲しいものは如何なる手段を用いても手に入れてきた。相手が情報屋だろうと、手を引く気はさらさらないんですよ」

 腕に突き立てられた注射針を、唇を震わせながら目で追う。体中が薬物に毒されていく感覚に理性を働かせようにも、徐々に正気が失われていくのがわかった。動かない。身体が重い。もう、どうだっていい。あいつに愛されない俺なんて、もう。言い聞かせて諦めようとする頭の奥の奥では、まだあの言葉が俺を掴んで離さないのに。

『愛してるよ、静雄』



(101104)





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