秋空、恋心 | ナノ




#来神時代



 夏が終わった。高校最後の夏が。午後の授業をサボりつつ、屋上で秋の風に吹かれながら、購買のいちご牛乳を飲む。この習慣もあと数ヶ月で終わってしまうのだと思うと、なんだか寂しくなった。
 生まれながらの特異な体質のおかげで、いろいろなことがあった。こういうとき、俺がごくふつうの高校生だったら、なんて考えてしまうこともあるが、そうしたところで何の意味もないことはわかっている。きっとこの力は一生ついて回るものだし、これから先、もっと大きな、それこそ俺の考えが及ばないような困難が待ち受けているに違いない。でも俺はそれに立ち向かわなくてはならないし、自分自身を認め、受け入れなくてはならない。未来への不安なんて、ここで断ち切らなければいけない。

「あれ、シズちゃん。またこんなところでサボってるの」
「…………臨也……」

 俺の高校生活をめちゃくちゃにぶち壊したのは、間違いなくこいつだった。顔を合わせるたびに喧嘩を売られ、殴り殴られ、その繰り返し。関わらないようにしようとしたところで、今度は間接的に狙われて。
 けれど一年も経つ頃には半ば諦めている自分もいて、臨也の喧嘩の相手をすることがもしかしたら俺の義務なんじゃないかと、そんなバカなことを考えたりもした。毎日教師に呼び出しをくらい、説教を受けて、俺はそれをぼんやりと聞き流しつつ、ああ、何やってるんだろう、なんてまるで他人事のように欠伸をして。
 それから、臨也の俺への態度が、少し変わったような気がした。

「しかもそれ。相変わらず好きだねえ」
「……うっせ。ほっとけよ」
「アハハ。……あのさ。俺、最近ずっとシズちゃんのことが気になってるんだ」
「あ? 何言ってんだ、手前」
「俺の見ていないところで君が何をしているのかとか、誰と話しているのかとか、どういうことを考えているのかとか、何に笑って何に泣くんだろうとか、そういえばシズちゃんは俺の前で笑ったことないなあとか、それがちょっと寂しかったりするとか」

 具体的には、こういう気持ち悪いことを平気な顔で言うようになった、ということだ。俺の隣にいても喧嘩を吹っかけてこない、ただそう、切なそうに瞳を細めて、ひとつひとつの言葉を噛み締めるように呟いて、そんな臨也を見るようになって、俺も自分の中で何かが変化していくのを感じ取っていた。
 ノミ蟲は、ノミ蟲だ。それは変わらない。だったら何が変わったというのだろう。やっぱり臨也は腸が煮えくり返るほどムカつく野郎だし、俺はこいつのしてきたことを許さないし、肩を並べて仲良くしたくもないし、ましてや友達なんて呼びたくもない。

「あっまい、」

 でも、そうだ。これから先、変わらないと確信できる関係だからこそ、俺は安心している。十年後、二十年後、さまざまな出会いがあり、別れがあり、そのとき自分が何をしているか、俺にはさっぱり見当もつかない。けれど、きっと、おそらく、いや、確実に。喧嘩して、騒いで、いろんな奴らを巻き込んで、そういうバカなことを大人になっても続けていられることって、もしかしたらそう滅多にあることじゃないんじゃないかって。

「……ね、駆け落ちでもしよっか」
「……バーカ」

 俺が笑ったのに一瞬驚いて目を瞠り、それからつられて顔を綻ばせ、湿った指と指とが絡まった。残暑の陽射しが屋上のコンクリートを照りつける。俺たちの夏はまだ、始まったばかりだ。



(101018)





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -