しるし | ナノ




 粟楠会事務所のとある一室、痩身の男の両脚に挟まれ奉仕を行う、全裸の青年の姿があった。今はその身に特徴であるバーテン服を纏っていないためわかりにくくはあるが、彼はまさしく池袋最強と名高い平和島静雄に間違いない。なぜ静雄がこんな場所でこんなことをしているのか、その答えを知る者はこの得意気な表情を浮かべる男、四木のみである。

「んっ、ん、ふ、ぅっ……」
「っ、は……静雄、もういい……離せ、」
「……? 四木しゃ……ひあっ!」

 じゅぷじゅぷと舐め回していた性器を言われたとおり解放した途端、顔面にどろりと放出される白濁。そのまま拭いもせずにうっすら目を開いて見上げてくる静雄はひどく淫靡で、四木は思わずごくりと喉を鳴らす。射精したばかりのそれも再び勃ち上がりそうな勢いだったが、それではあまりに欲望に忠実すぎて示しがつかない。
 四木はそんな余裕のない己を悟られないよう、静雄の脇の下に手を入れてひょいと身体を持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。縋るように見つめ、首に手を回し甘えてくるその顎を指で掬い、至近距離から熱視線を送ってやれば、頬を赤らめてぎゅうとしがみついてくる。いつまでも初々しい反応が愛しくて、四木はそっと静雄の頬を撫でた。

「かわいいやつだな」
「っ……男がそんなこと言われても、うれしくないっす……」
「ほう……俺に言われても、か」
「……四木さんの、意地悪……」

 恥ずかしがっている姿をよっぽど見られたくないのか、静雄は四木の胸板に顔を埋め、ふるふると身体を震わせる。そんな姿もより一層愛らしく思えてきて、露にされた白い首筋にがぶりと噛みついた。静雄は一瞬ぴくっとみじろいだあと、僅かに喘いで顔を上げ、そうしていまだにがじがじと歯を立てている四木をすっと見据える。
 彼は決して静雄にキスマークを残すことはなかった。そのかわりに自らの歯形を残し、それを所有印と見立てて静雄を手放さない。血が滲むくらい、多少の痛みを伴うくらいの関係がちょうどいい。そんな四木の言葉を静雄はずっと覚えている。

「……あのっ、俺も……俺も、四木さんに痕残したら……だめっすか……」
「お前がそうしたいんならどこにでも残すといい。そんなことをしなくとも俺はお前のもんだが……な」

 ようやく口を離し、不安そうに視線を揺らがせる静雄の額に軽く口付けて四木は微笑む。その言葉は確かにうれしいものであったが、それでも心の中の不穏は拭いきれなかった。どんなに身体を重ね愛を囁きあっても、いつこの関係が破綻する日がやってくるかはわからない。四木は確かに自分をかわいがってくれてはいるが、それだって一時の戯れなのかもしれない。考えればキリはないが、悩みの種は尽きることなく静雄を苦しめる。打ち明ければそれはそれで四木にどう受け取られるか見当がつかず、なかなか踏み切ることもできない。
 ゆらゆらと揺らめく心情を内に秘めつつ、静雄はがぶりと四木の浮き出た鎖骨に食いついた。少し眉を寄せて歯を食い縛っているあたり、痛みを感じているのだろう。調子に乗ってちゅうと吸っては離れ、また歯を立て、そんなことを繰り返すうちに、我慢の限界に達したのか、四木はやや乱暴に静雄の金糸を掴んで離し、唇を奪った。突然のことに驚いた静雄だったが、満更でもなさそうに絡みついてくる舌に身を任せ、猫のように肌を擦り寄せる。

「はふっ……ん、んう……っ……」
「……今日はやけに積極的だな? 調教された雌犬みてぇに盛りやがって……」
「だ、って、ぇ……」

 ぷは、と熱を帯びて濡れた唇を解放すると、潤んだ瞳でこちらを見つめる静雄と目が合った。今すぐにでも犯したい衝動に駆られるのをぐっと堪え、不意に四木は静雄のか細い左手を取る。きょとんと首を傾げる静雄を一瞥し、それからごく自然な動きで薬指を口内に含むと、四木はその根本をがりりと力強く、噛んだ。さすがに動揺を隠しきれず唖然とした様子でそれに視線をやる静雄に、指を咥えこんだままで四木がにやりと笑う。

「し、四木さん……っ……!」
「なに、ちょっと束縛してみたくなったもんでな。お前が俺のもんだっていう印だ……うれしいだろう?」
「! ……はい……ありがとう、ございますっ…」

 薬指に刻まれた、指輪よりも深い独占欲の証をうっとりと眺め、静雄はそっとそこへ舌を這わせた。身体が繋がっておらずとも心だけは繋がっているような気がして、そんなふうに心を掻き乱す不安を拭い去ってくれた四木の行為が何よりうれしくて、けれど声にならないこの想いをどう伝えていいのかわからなくて。

「もし消えたら、そのときは……また、つけてくれますか……?」
「そうだな……消えねぇようにもっと深く刻み込んでやるよ。……これから先、ずっと」

 まるで永遠を誓うかのような甘くやわらかな口づけに、このまま時が止まればいいと願わずにはいられず、二人はただ静かに身を寄せ合う。夜はまだ、始まったばかり。



(100809)





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