ひた隠しのこころ | ナノ




#16話のアレ



 ムシャクシャしたらとりあえずノミ蟲を殴れ。本能が命じるままにわざわざ新宿まで足を運んだ静雄はその殴りたくて仕方のない相手が住むマンションの前に立っていた。オートロック式になっているため外から来た人間は本来ならば簡単には入れないのだが、もともと自動ドアをぶち破る気でいた彼にはそれさえも意味を成さない。しかしずかずかとエントランスホールに踏み入り高く上げた踵を一気に振り下ろそうとしたところでただならぬ殺気を感じた静雄はそうすることをやめ首を背後に向ける。瞬間、視界に入った線の細い青年こそ静雄が探していた折原臨也その人であった。

「やあシズちゃん。君から会いに来てくれるなんて今日は随分と積極的だね?」
「臨也ァ……今すぐ殴らせろ」
「あのね、そんな理不尽な要求に俺が応えるとでも思ってるの? 少しは頭冷やしなよ」

 ね?にやりと笑って臨也は手に持っていた自販機で買ったばかりの冷えたコーラを静雄の頬に押しつけた。その冷たさもさることながら意味のわからない臨也の行動に肌が粟立った静雄は一歩後ずさる。構えられていたその拳がいつまでも振るわれないことに気分をよくした臨也はそのままずんずんと距離を縮めていった。固く閉ざされたガラスにぴったりと身体が隣接する。両脇に手をついた臨也の笑みが濃くなり少し背伸びをして静雄の唇を啄んだ。はじめは優しく触れるだけのそれだったが徐々に激しさを増し隙間から舌が差し入れられぬるぬると口内を蹂躙していく。抵抗しようにもうまく力の入らない静雄は息をするので精一杯だ。無機質な自動ドアに縋りつくように掌をつけて何とか姿勢を保っているという情けない状態。溢れた生理的な涙がじわりと睫毛を濡らす。

「ん、んふ、っ」
「シズちゃん……いいこと教えてあげようか」
「あ……?」
「あそこ。監視カメラ設置されてるの。見える?」
「っ! 手前、知ってて……!」

 罵倒しようと開かれた口はまたも容易に塞がれてしまう。臨也の肩ごしに見える風景は普段と何ら変わりない都会の夜のそれである。建物が大通りに面しているためか交通量は多くちらほらと通行人の姿も見受けられた。ガラス一枚で隔てられているだけの狭い空間だ。もし誰かに見られでもしたら。いやそもそも監視カメラに映っている時点で言い逃れは到底できないだろう。新宿の情報屋・折原臨也と池袋の喧嘩人形・平和島静雄、犬猿の仲である二人がそういった関係を結んでいるという事実が世間に広まるのも時間の問題でしかない。

「興奮しちゃったの?」
「はっ、はあっ……」
「こんなにぐちゃぐちゃにして……いけない子だなあ、シズちゃんは」
「やめろ、触んな……っ」
「ね、セックスしよっか」
「冗談……」

 涼しい顔をして何でもないことのようにその単語を口にした臨也に静雄の表情がさっと青ざめる。いくらなんでもこんなところで、なんて。冗談じゃなければ聞き間違いだろう。そうでないとおかしい。いつ誰がくるかもわからないような場所で行為に及ぶだなんて今まで一度もなかったことだし。静雄が身体を硬直させたまま動けないのをいいことに臨也は素早く手首を掴むとポケットから注射器を取り出して腕に突き立てた。過去の経験からすると筋弛緩剤と媚薬を混ぜ合わせたような非合法の薬だろうか。静雄は息を呑んだ。もう抵抗する力はこれっぽっちも出ない。非力な一般人と大差ないレベルまで筋力が落ちてしまった上にほんの少しの愛撫でも敏感に感じてしまう肉体が憎らしい。しかしこうなってしまったからには欲求に逆らうことなどできるはずもなく。後ろを向けと命令されれば静雄はおとなしく従いひんやりとしたガラスに頬を擦りつけた。

「慣らさなくてもいいよね」
「あっ! あ、あ……いっ……」
「なんだかんだで自分から腰振っちゃうしさ……どこまで淫乱なの、シズちゃんは、っ」
「やああ、あ、ひっ!」

 強引に捩じ込まれたせいか結合部からは血液の混じった体液が零れ残酷にも静雄の太股を伝っていく。ぎちぎちと抜き挿しされるうちに滑りもよくなり痛みは驚くほど呆気なく快感へ、悲鳴に近かった声はすっかり艶めいた喘ぎ声へ。静雄は白くなっていく意識を必死に繋ぎ止めながら考える。今、他の住人がエレベーターを降りてきてこの光景を目の当たりにしたのなら。思い浮かべて羞恥に駆られると同時に背徳的な行為に溺れていることへの愉悦が静雄を支配した。きゅうっと腸壁の締まりが若干強くなり臨也は乾いた唇を舐めほくそ笑む。臨也にとって、薬に毒されているとはいえ仇敵にこんな場所で犯されてなお甘んじて身体をゆるす静雄は愚かしくも愛らしい化け物だった。

「もう、わざわざ俺に会いにくるなんて、襲ってくださいって言ってるようなもん、だよね」
「いざや、あ、う、んん」
「ねえ、そんなに俺が好きなの、シズちゃん、」
「ふ、やっ、も、むりぃっ」
「俺も、すき、だよ」

 結局は自分も彼も互いを殺す気など端からないのだろう。強すぎる依存に目が眩んで挙げ句の果てに暴走して。馬鹿みたいな堂々巡りに嫌気が差す。こうして身体を重ねることでしか愛を分かち合えない。不器用で意地っ張り。本当は言いたいのに言い出せないでただ待ちぼうけ。いい加減この負の連鎖を断ち切るべきではあるのだろうがなるほど簡単にはいかないものである。溜まりきった精を吐き出し余韻に浸りつつ臨也は思う。また明日から始まる殺し合いに行き場のない感情は宙を漂うばかりだ。



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