エゴイストが恋をする | ナノ




 女なんて世の中には星の数ほどいるから、一生のうちに一度くらい、自分にこそふさわしい相手を見つけることができるなんて、一体どこの誰がいった話だったか。それは確かに、あながち間違いでもない正論だ。今まで生きてきた十数年間だけでも、女子から言い寄られたり、はたまた告白された経験は、もう指折り数えるのをやめてしまったくらいで。こんなことを言っては反感を買うのだろうが、オレにとっては何の面白みもない、退屈な日常の一部に過ぎない。
 オレも男だ、女の子に興味がないわけじゃないし、恋人として付き合ったことだってある。キスもセックスもした。だけど、いわゆる男の生殖本能というやつからくるあれそれは、いってみればオレの本当の気持ちでも何でもないわけで、どちらにせよいずれも長続きはしなかった。
 相手の方も付き合ううちに何となくそれを理解するようで、自分から自然と離れていったり、ひどい場合は、この上ない暴言を吐いた挙句に平手打ちをかましてから去っていったりと、まあ、人によりけり。さすがに女子相手に手を上げたらオレの人間としての格が下がってしまうような気がして、実際に行動に出ることはなかったけど、こっちだってその端正でお人形さんみたいな顔をぐちゃぐちゃに歪ませてやりたいと心の底から思っていたのだから、きっとお互い様だ。
 惰性でも付き合ってやってたことに感謝してもらいたいくらいなのに、女って生き物はとことん自分勝手で、だから嫌いだ。そんなんだったら身体だけの関係の方が割り切ってしまえるし、よっぽど楽だと思うのに、わけのわからない理屈で、心が欲しいとかヒステリックに叫んで、こいつは何がしたいんだと。
 同じ場面に出くわすたびに、付き合わなきゃよかった、心底がっかりして溜息を吐く、その繰り返し。学習しないオレもオレだけど、溜まるもんは溜めたままじゃ身体にもよくないから仕方ない。ゴムの薄い膜越しとはいえ、中で出す方が気持ちいいし、言ってしまえば理由はそれだけなんだけど。
 そこまで一通り考えて、オレは誰かを好きになったことがないのだと、今まさに、顔も名前も知らない女子から想いを告げられている前で、唐突に理解した。

「あー……ゴメン。可愛いけどタイプじゃないし、めんどくさいからパス」

 あまりに投げやりな言葉を返されたことにショックを受けたのか、長い睫毛に覆われた大きな瞳にうるうると涙を浮かべ、大粒のそれをぼろぼろとこぼして走り去っていく少女の後ろ姿を見ても、罪悪感すら湧き上がってこないオレは、すでに男として、人として欠落しているのかもしれないと、何となく思ったけれど、だからといってどうこうすることもなく。廊下の先をぼんやり眺めながら、噛み殺すこともなく盛大に欠伸をした。





「青峰っちってホント、極めつけのバスケバカっスよね」
「っ、よっ……と! ……ああ? 何か言ったか、黄瀬?」
「……いや別に、何も」

 こんな日はさっさと家路につくに限ると、気怠げな様子で昇降口に向かったオレは、ちょうどそこで運悪く青峰っちと鉢合わせてしまい、さらに彼からの申し出をどうしても断ることができず、気付けば近所のバスケットコートまで足を運んでいた。
 あんな一件があった後だったから、オレとしてはあまり気乗りもせず、一度だけいつものアレで一汗流したところで、そのあとは座り込んで見学を決め込むことにした。青峰っちは少し不満そうだったが、無理強いはしない主義なのだろう、一人でボールを片手に、何度も何度もゴールへ向かってダンクシュートを炸裂させている。
 相変わらず鮮やかなプレースタイルだ。見る者の視線を奪い、自分へと惹きつけるだけの十分すぎる魅力を彼は持っている。そんな未知との遭遇に心を躍らせ、オレがバスケ部への入部を決めたのは数日前の話だ。未だスタメン入りは果たせず、二軍止まりのオレだけど、執拗なまでの猛烈なアピールの甲斐あって、このバスケ部エースには特別に目をかけてもらっていたりする。
 彼の放つ輝きは眩しく、神々しい。オレみたいなやつが簡単に近付いていいような相手でないことは重々承知しているが、だからこそ、強く惹かれるのだろう。大違いだ。先ほど平気な顔で女に向かって暴言を吐き捨てたようなオレとは。
 彼にはきっと、バスケしかない。バスケさえあれば彼は呼吸ができるし、この上なく人生を謳歌できるに違いない。逆にいえば、それを喪ったとき、彼は死にたくなるくらいの絶望を味わうのではないかと、そう思ったりもした。そして一瞬でもその表情を見てみたいと思ってしまった自分に、乾いた笑みがこぼれたりもした。

「ね、青峰っちは桃井さんと付き合ってるんスか?」
「さつき? あー、あいつは違ェよ。口うるさいだけの幼なじみ。マネージャーとしては優秀だけどな」
「ふーん……じゃあ、付き合いたいと思ったことは? キスとか、セックスとかしたいと思わないの?」
「……ハ、ァ? 意味わかんねェこと言ってんじゃねーぞ、てめ……! あ、」

 オレの投げかけた問いに動揺したのか、ボールの軌道は微妙に逸れ、僅かにゴールを掠めて地面へと落下した。彼が決定的なシュートを外す場面を見たのはこれが初めてだ。貴重な一瞬が見れただけでもオレとしては満足だったけれど、しかし。足を止めてそこからオレに恨みを込めた視線を向ける青峰っちの頬が異様に赤いことに気付いて、それを意外に思った。
 だってこの人、グラビアアイドルの写真集とか、成人向け雑誌とか読んで興奮してるような、健全にもほどがある男子中学生でしょ。思春期なんだから恥じることもないし、そういう願望があったとしたって誰も咎める人なんていないはずなのに。オレだって、まさかそんな反応で返されると思わなくて、少し驚いた。
 ああ、案外純情なとこあるんだなぁ。よく考えてみれば、そりゃ今までバスケ一筋で生きてきたようなやつが、まともにそんなこと聞かれてあからさまに動揺しないわけないか。でも。オレが知ってる青峰大輝というやつは、向かうところ敵なしのスーパープレイヤーで、勝った瞬間に見せる、すべてを圧倒するような、存在感のある表情が何より似合う人間だったから、どこか拍子抜けしてしまって。
 たとえば今、オレがついさっき、告白してきた女を盛大にフってやった話なんてしたものなら、声を荒げて怒鳴り散らすんじゃないかとか、いろいろと想像を膨らませてもみた。

「なるほど、今まで女の子と付き合ったこともないんスか。へえ」
「ッ、いいんだよ別に! オレはバスケさえできればそれで」
「それ、言い訳にもなんないっスよ。あのさ、普段どうやって処理してんの? 自分で? 辛くない?」
「黄瀬、お前もう黙れ……!」

 ずかずかと大股で歩み寄ってきて、地に腰を下ろしたままのオレを、それはもう殺すんじゃないかってくらいの迫力で睨みつけてくる青峰っちからは、不思議といつもの気迫を感じられない。睨まれているはずなのに、まったくそうは思えないし、唇も肩も指先もぶるぶると震わせていて、いまいち迫力に欠ける。
 怒っているのか照れているのか恥じているのか。いや、その全部だろう。とにかく可哀想なくらい羞恥と屈辱にまみれている彼を見上げるオレの瞳は、俄然めらめらとした輝きを放ってもいた。初めて彼より優位に立てた実感。それとともに湧き起こる、奇妙な昂揚感。あ、もしかして。
 オレは己の下半身が自分の意に反してずくずくと主張しはじめていることを、素直に喜んだ。これも、ハジメテのことだった。どいつもこいつも変わり映えしない、自分の意見しか突き通さない、可愛げの欠片もない汚れた女なんかより、こっちの方がよっぽど興奮できる。聖域とも呼べるような純情の塊を、自分好みに仕立て上げていく方が、ずっと。
 やれやれ、ようやく腰を上げて服に付着した土をぱんぱんと払い、オレより少しだけ背の高い青峰っちを見据える。褐色の肌に伝う汗すら艶めかしく見えてくるのだから、オレもわりと単純なところがあるのかもしれない。
 苛立った様子でこちらに鋭い視線を投げかけてくる青峰っちの、汗だくになったシャツの胸倉を掴んで、ただ込み上げてくる欲望に従い、隙だらけの唇を強奪した。キスってこんなに、気持ちいいものだったっけ。触れた部分からこぼれる愛しさに、オレは我も忘れて食らいついた。

「ん、っ、んぅ……ぐっ……!」
「ん……口、開けて」
「は、っ、オイ、あ、……ふ、うぁ……」

 咄嗟のことに思うように反応できなかったのだろう、とりあえず身を捩って拒んだり、肩を突き放そうとはしてきたが、抵抗する術をすべて奪ってしまえば何ということはない。これがあの青峰っちかと、驚くほどに容易く陥落してしまった彼を前にして、オレは込み上げてくる異常な快感をどうしても無視できなかった。
 キスした瞬間の表情とか、時折洩れる吐息まじりの喘ぎ声とか、それでも必死に逃れようと頑張ってるところとか。何だろう、オレ、どうしようもなくこの人を屈服させたい。
 内心で渦巻く思いは強まる一方で、熱く濡れた舌を絡め、呼吸も忘れて貪りながら、空いた片手で腰を抱き寄せた。オレより筋肉のついた、鍛え上げられた身体も、今はただ無抵抗にされるがままで。その事実が何よりオレを興奮させてくれる。女子の折れそうなほどに細い、たいして肉も付いていないような肢体よりも、断然この方がそそられる。
 とか何とか、調子に乗ろうとしたところで、とりあえずは解放してやることにした。何事もやりすぎは禁物だ。腰に回した手はそのまま、離してはやらなかったけど。

「……オレ、ずっと桃井さんとヤりたいと思ってたんスよね。カワイイし、エロい身体してるし。二人が付き合ってると思ってたから今まで手ェ出さなかったんスけど、だったら問題ないっスかね?」
「ふ、ざ、けん……なッ……んなことしたらブッ殺す……!」
「……アハハ、冗談っスよ! ちょっとからかってみただけ。心配しなくても、誓ってそれはないんで安心してほしいっス。……それよりオレ、アンタの方がいいなぁ」

 がるる、と飢えた野犬のように吠え立てる青峰っちを落ち着かせようと、顎に指を滑らせ、それをくいと持ち上げる。さながら猛獣使いにでもなったかのような気分で、思わず笑みもこぼれるというものだ。敵意を剥き出しにされることに関しては、もうだいぶ慣れていたりするので、青峰っちがどんなに凶暴であろうと、そんなことでオレは恐怖したりなんてしない。
 むしろ、従順すぎる女なんかより、こうやって抵抗された方が俄然燃え滾るというか、何というか。意識すればするほど、余計に下半身が熱くなってくる。こんなこと初めてで、自分でも戸惑ってる部分はあるけど。でも、オレも人並みに、誰かを追い求めることができたんだって、その事実の方が今はうれしかったりする。
 青峰っちは今、何を思ってオレと対面しているんだろう。これが純粋な嫌がらせレベルの話だとか、もし本気でそう思ってるんだとしたら、いや、よく考えなくとも彼はそういう人間だった。はぁ、心の底から困り果てて溜息を吐き出せば、余計に彼の癪に障ったらしく、ぎろりと睨まれる。
 それ、今の状況でやっても無意味っつーか、逆効果っつーか。何にせよ、オレは、未だ嘗て、ここまで自分を熱くさせるものに出会ったことすらなかったのだった。

「……青峰っちは、自分が犯される想像とかしたことある?」
「何、言って……」
「まぁでも、わかんなくてもダイジョブっスよ。案ずるより産むが易し、ってね」

 所詮セックスなんて生殖行為以下の、性欲処理の一環でしかないと思い込んでいた昨日までのオレに別れを告げる。どこか恐怖に引き攣ったような表情で、口を閉ざしてしまった青峰っちの腰から尻にかけてのラインをするりと撫で上げ、それに肌を粟立てる彼を瞳に映すだけではきっともう満足できない。
 だってオレは知ってしまった。気付いてしまった。理解してしまった。
 今までに交わってきた女の顔のひとつひとつを忘れていきながら、すう、と息を吐き出す。興奮のあまり、じんわりと手に汗をかいているのがわかって、それが青峰っちの衣服に染みついた彼のものと混ざり合っていく感覚に、一瞬目を瞑る。
 あと少し。逸る気持ちを抑えようとして、そんなもの抑えられるわけがないと、次の瞬間には自分で自分を否定しているオレがそこにいた。どうやら情けないことに、オレは自制の方法も忘れてしまったらしい。でもここで少し言い訳をさせてもらうと、こんな感情とは久しく無縁であったから、それもきっと仕方がないことなのだ。
 服の隙間から差し込んだ指先で青峰っちのべとついた肌を直接なぞりながら、オレはまた、罪悪感に駆られることもなく、そうして罪の数を増やしていくのだろう。



(120806)





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