それとありったけの想い | ナノ




 まるで男子高校生らしからぬ、整然とした自分の家が、よもやここまであらゆる物で溢れかえった光景を目にするとは、当の本人ですら予想はしなかったであろう。
 黒子をはじめとした誠凛バスケ部員から、黄瀬や緑間といったライバルたち、果ては自分にバスケを教えてくれた師匠や兄弟子まで。出会ってきたたくさんの人たちから渡された、それぞれの思いの詰まったプレゼントの一つ一つを、火神は感慨深い気持ちで見つめていた。
 アメリカから日本に戻ってきて、いろいろなことがあった。自分のやりたかったバスケに巡り合うことができず、失望したこともあった。けれど、今は幸せだ。多くの仲間に囲まれて、いいライバルを手に入れて、アメリカにいた頃とはまた違ったかたちで、心からバスケを楽しむことができている。
 強い相手と戦うことだけがすべてではないけれど、胸を高鳴らせるような試合の連続、日々成長していく自身とチームとの間に生まれる一体感に、やはり自分が追い求めるバスケはこうあるべきなのだと、あらためて実感した。
 独り善がりのプレーでは勝利を掴むことはできない。仲間の存在がいかに大切であるか、この数ヶ月で火神はよく思い知らされた。だが、それと同時に、仲間に頼るだけでは勝つことはできず、自身の能力も向上させていかねばならないことも感じ取っていた。
 本場アメリカで培ってきたストリートバスケとはまったく異なるスタイルのそれこそが、今自分が熱く心を滾らせているものなのだなんて、考えてみればおかしな話だ。でも、それが楽しくてたまらない。
 火神は思う。バスケに出会えて本当によかった、と。

「なに一人で感傷的になってんだよ、オイ」
「ッ、だからイテーって言ってんだろ、お前のそれ! 少しは加減しろ!」
「ああ? どう考えてもオレとの時間がほしいとか言っときながら違うこと考えてるお前の方が悪ィ。自業自得だ」
「そ、それは……そう、だけどよ……いやでも、あれはお前に無理矢理言わされたようなもんでオレは」

 口答えしようとしたそれを塞ぐように青峰の身体が覆い被さってきたのを、押し返すだけの気力もない。むぐ、色気のない声を上げてふたたびソファに沈み込んだ火神は、やれやれと深い溜息を吐いた。
 昨日、家に帰るまでに青峰と交わしていた会話の内容を思い出す。今思ってみればなかなかに恥ずかしい言葉の応酬をしていた気もするので、深いところまでは思い返したくもない。が、結果としてそれが青峰の情欲を掻き立てることになってしまったらしく、昨夜からこうした状況が続いているのが現実だ。
 帰ってきて早々に、どうしても抑制することのできなかったこの盛りのついた野獣が、場所も弁えず玄関にて事に至ろうとしたのがすべてのきっかけであり、それから夕飯を作る暇も与えられず、結局朝を迎えてしまったという、何とも情けない話である。
 火神としては、特売品として買った期限切れ間近の牛肉の山をその日中に調理してしまいたかったため、いいから退けと文句を言ったのだったが、それが受理されることは当然叶わなかったわけで。今日こそは使ってしまわないと、そう思っていたのに、火神の思惑とは相反して、パック詰めの肉たちは今も冷蔵庫の中に眠っている有り様だった。
 一度くらい命令を聞けと言ったところで無駄なことは理解しているが、それにしても聞き分けがなさすぎる。誕生日権限で今日くらいは優位に立てるだろうと心のどこかで考えていた自分の甘さに、ことごとく火神は絶望した。

「この、アホ峰……っ、ふざけんな……」
「……だから、そういうのが煽ってるっつーんだよ、バ火神」
「意味わかんね、……っん、ぁ、やめ……!」
「ほんと、お前ってエロい身体してるよなぁ、……嫁がこんなんじゃ旦那の理性が保たないのも納得っつーか」

 何やら意味のわからないことをぶつぶつとぼやきながら、べろり、捲り上げたシャツの内側から覗いた肌へと舌を這わす。同じくらい外でバスケをして汗を流しているとは思えないほどに、青峰のそれとは対照的に白い火神は真夏の砂浜のように眩しく、輝いて見える。それがまた扇情的で興奮してしまうのも、仕方のないことだと勝手に決めつけ、筋肉のかたちを確かめるように指を滑らせていった。
 一晩中休むことなく重ね合わせていた身体は非常に敏感で、少し触れるだけでもびくんと大袈裟に反応するのだからおもしろい。それに、口では嫌がっている素振りを見せつつも、表情は満更でもなく、時折熱っぽい視線をこちらに向けてくるあたり、狙ってやっているのではないかとつい疑ってしまうほどだ。まあ、そんなことができるほどこいつは器用ではなかったかと、思い直してふたたび、青峰は火神の胸元に顔を埋めた。

「あ、ふ……ぅ、んんっ……あおみ、ね……」
「あんまりそういうカワイイ反応すんなよ……いじめたくなんだろ」
「う、るせ……っ! はなせ、ヘンタイ、っひ、うあ」
「オイオイ、変態はどっちだよ。勝手に興奮してこんなに濡らして……なぁ、今自分がどんな顔してるかわかってんのか?」

 火神の、燃えるような赤と沈み込むような黒が入り混じった髪を鷲掴み、耳元で言い聞かせるように告げた後、嘲笑を浮かべる青峰はまるで暴君そのものといった有り様だ。その言葉に不覚にも動揺した挙句、背筋を震わせて興奮してしまった自分自身を諌めるつもりで、唇を噛みしめた火神であったが、どうやら青峰にはすべてお見通しであったらしい。
 必死に堪えようと歯をがちがちと鳴らしている彼からはいつもの威勢の良さなどまったく感じられず、生まれたばかりの仔犬と何ら変わらない、ちっぽけな存在だ。少しだけ可哀想に思ったりもしたが、だからといってやめてやる気はさらさらないし、むしろ燃え上がる一方だということを、この男はきちんと理解しているのだろうか。
 確かに昨晩からずっとこの調子では、そろそろ身体の方が音を上げてしまうような気もするが。もうすでに火神の腰は立たない状態まで疲弊してしまっているし、どちらにしても変わらない。ならば自らの欲の赴くままに、心行くまで堪能するのが得策といえるだろう。
 どこまでも自己中心的な考えであったが、それでこそ青峰大輝である。その、いっそ清々しいまでの傍若無人っぷりが、彼という人間を語る上でもっとも重要視されるべきキーワードなのだから。

「……あー……泣き顔見て勃つって、オレも相当末期かもなぁ、……ヤベェわ……」
「は、っ……はぁ、あ、ああっ……」
「火神……こっち、向け」
「……ッ……? ん、んぁ……ふ、は、……」

 横を向いて逸らし、襲いくる快感の波に堪えていた顔を、言われるがままにそちらへ向けた火神は、案の定、待ち構えていた青峰のそれに唇を奪われた。相変わらず噛み千切られそうな、野性味に溢れた獰猛なキスを、心地よく感じるようになったのはいつの頃からであっただろう。
 こうされると落ち着く、というとどうしようもなく被虐趣味に聞こえるが、しかし実際のところ、青峰にがっつかれることは嫌いではない。ただ、あまり度が過ぎると邪険に扱いたくなるだけであって、火神はこうしたじゃれ合いをむしろ好んでいたりもした。
 もちろん自分から進んでそんなことを言ってやる気にはならなかったが、火神が本気で嫌がっていないことくらい、青峰もとうに気付いているはずだ。いくら傲慢な彼とて、引くべきところは弁えている。心からの拒絶を示せば、たとえ無理矢理組み敷いたとして、その手を退けるだろう。そういった、どう足掻いても悪者になりきれない青峰の不完全さを、火神はたまらなく愛しく思うのだった。
 などと余計なことを考えていたのが隠し通せていなかったのか、腹を立てた青峰に軽く舌を噛まれ、思わず息を呑む。鼻の頭がくっつくほどの至近距離から鋭い眼光を浴びせられたのには、さすがに怯んでしまったが、解放する余地もなくそのまま口付けを続行する所存だったようで、ある意味安心した。

「お前、オレのことナメてんだろ」
「んなこと、ねー……よ、……ハハ」
「……火神のくせに生意気なんだよコノヤロー……もう許さねェ、使いもんにならなくなるまでヤり殺してやる」
「待て、落ち着け青峰、……うあっ、オイ、何しやがる!」

 唇が離れた瞬間、いかにも不機嫌そうな青峰の表情を目の当たりにして、思わず笑みが洩れたのが運の尽きであった。どう考えても優位に立っているのは自分のはずなのに、それを笑われたことが何だか悔しくて、歯軋りするだけで気が済むわけもなく。そこで完全に怒りを露わにした青峰は、この狭い場所では行為に支障をきたすと考えたのか、自分とさほど体格も変わらない火神の身体を余裕の表情で抱え上げ、立ち上がった。
 ぴくぴくとこめかみを震わせている、目の笑っていない青峰を見上げ、あ、まずい、後悔するも時すでに遅し。何事もやりすぎは禁物だと、今後肝に銘じるとして、今この場はどう切り抜けるべきか。うまく働かない頭で必死にぐるぐると思案する、焦燥した様子の火神に、そこでようやく青峰は笑みを浮かべて。

「ああ、そういや言うの忘れてた。……誕生日、おめでとさん。愛してんぜ、大我」
「っ……! バッ……カ、……この、天然タラシ……」
「安心しろよ、お前にしかやんねーから。……つーかもう、お前マジ、……そういうの反則……やっぱダメだ、今日は一日セックスの日な、決定」
「ふざけんな、あっ……」

 じたばたと暴れる手足を容易に封じ込め、くらくらと卒倒しそうになる頭を何とか元に戻し、何事もなかったかのように寝室へと足を向ける。まさか本当に一日中これが続くなど、考えたくもなかったことが現実として目の前に立ちはだかっているのに、今度は火神の方が気を失いたくなった。
 まあ、でも。一年に一度くらいなら、こんな日があっても許せるかもしれないと思えてしまう自分も大概だと、溜息を溢してみたり。とは思いつつも、頭の中では冷蔵庫に閉じ込められたままの肉の調理法を考えていたりするのだから、まだ十分に余力は残されていそうだ。



(120803)





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