歪む音がした | ナノ




 非日常に憧れた少年はある日その手中に非日常そのものを収めてしまった。街で化け物と畏れられるそれは微塵も疑念を抱くことなく少年に手を引かれ地の底に堕とされたのだ。今は意識を失っているようだが目が醒めるのも時間の問題だろう。人間ではないのだから。さて。一息ついて少年は畳の上に転がされた金髪の青年を見やる。化け物と呼ばれるには程遠い存在であろう彼はしなやかで美しく、儚い。外は頑丈でも中はひどく脆そうだと少年は思う。膝をつきその頬に指を這わせる。ぴくりと反応して瞼が僅かに動いた。ずっと欲していた非日常がようやく手に入ったことへの歓喜に少年は静かに打ち震える。青年の瞳がゆっくり開かれ少年を視界に捉え、細められた。全身を駆け巡る興奮を隠しきれず頬を赤らめ少年は楽しそうに笑う。新しい玩具を見つけた子どものような無邪気さで、それはそれは楽しそうに。

「おはようございます」
「……何の真似だ」
「嫌だなあ、わからないんですか静雄さん」
「あ? いいからさっさと」
「もう少し自分の立場というものをわきまえた方がいいですよ」

 少年が何かを振り翳した。しかし青年の位置からは逆光になってそれが何なのかは認識できない。その一瞬の遅れが致命的だった。直後、青年の手の甲に何とも言い表しにくい痛みが走る。鋭いものが刺さったような感覚。あいにく青年の身体は普通の人間とは異なっていたためそこまでの痛みは伴わなかったのだが、それでも多少は違和感がある。まだぼやける目をそちらへ向けると笑顔の少年が握りしめたボールペンの先が見事に骨の間を縫って青年の手に突き刺さっていた。あまりに不釣り合いな光景に青年は自分が悪い夢を見ているのだと瞬間的に考える。が、どう見てもどくどくと流れる赤い血が畳を汚していくこの惨状は紛れもない現実でしかなかった。

「すごいですよ静雄さん! ちゃんと皮膚を貫通してるのに全然痛がる素振りも見せないなんて! ああ……血は人並みに出るみたいですけどね」
「竜ヶ峰……手前、さっきから何わけのわかんねえことを」
「いい加減に理解してください。あなたはもう僕の所有物なんです」

 突き立てられたままのボールペンがぐりぐりと傷口を抉りさすがの青年もその奇行に顔を歪めた。所有物。そう口にした少年は幼い表情の隙間から確かな狂気を覗かせている。青年は自分の身体が恐怖で震えていることに気づいた。動こうにも何やら妙な薬を打たれたのか普段の力が思うように出せない。おまけに両足と首には輪のようなものが嵌められていて鎖で固定されている。さながら生き地獄であった。もし本当に少年の言うとおり自分が彼の所有物となってしまったのだとしたら。ここへ監禁され続け毎日拷問でもされるのだろうか。青年は想像してぞっとした。力の入らない足を動かしてみるもののじゃらじゃらと虚しい音が空間を支配しただけで何も変わりはしなかった。

「すごくお似合いですよ」
「っ、触るな」
「ご主人様になる相手にそんな態度をとるのは感心しませんね……少し、躾が必要かな」

 俯せたまま睨み上げてくる青年の顎を掬い少年は顔に似つかわない凶悪な笑みを浮かべる。青年は唇を噛んで不自然な体勢から身を起こそうと躍起になった。暴れれば暴れるほど冷たい金属音がどうしようもなくこの打破しえない現状を物語っているのだと思い知らされるだけでしかないのに。ひたすらに喚く青年を冷ややかな瞳で見下ろしながら少年は畳に染みていく濁った赤に恍惚とした色を浮かべた。

「飽きるほどかわいがってあげますからね、静雄さん」

 悪夢はまだ始まってすらいない。



(100415)





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