掠め取る、その先の | ナノ




#帝光時代
#黄瀬と灰崎が双子設定
#ひたすら黄瀬が最低




 今までの短い人生の中で、あまりに完璧すぎる自分の才能を恐ろしく思うこともあった、などと言えば聞こえは悪いかもしれない。でもそれが嘘偽りのないありのままの事実だとして、心底参っているのは間違いなくこちらの方だった。
 練習しなくてもスポーツはできる、黙っていても女は寄ってくる、唯一頭の出来はそこそこといったところ。十分すぎるほどに恵まれた容姿と、類稀なる身体能力を併せ持ってこの世に生を受けたオレが、周囲から注目を浴びるのもまた仕方のないことだったのかもしれない。中学に上がり、偶然街を歩いていたところ、芸能事務所のスカウトに声をかけられ、モデルなんていうものに手を染めてみたのもほんの気まぐれ。
 オレはただ、順風満帆すぎる己の生き様に早くも飽き飽きしており、平和な日常からの脱却を夢見ていた。部活や勉強、そして恋愛。学生生活を謳歌する同級生たちと自分の住む世界はどこか別物だと、厚い壁に隔たれた向こう側から傍観する毎日はもうたくさんだ。
 けれどどんなにオレ自身が望んだところで、そう簡単に現状が改善されるわけでもない。下駄箱から溢れ出る大量のラブレター。毎日のように校舎裏に呼び出され、その度にどうでもいい告白を右から左へ受け流す。なんてつまらない人生なのだろう。こんなことになるなら、あいつくらいド底辺の人間として生まれてきた方が遥かにマシだった。
 授業を終え、さっさと教室を抜け出し、昇降口へ向かう途中、廊下ですれ違った影。外見だけはオレにそっくりで、それなのに絶望的なまでに落ちこぼれの、到底血の繋がりがあるとは思いたくもない自分の片割れの姿に、思わず。

「何してんの、ショウゴ君」
「……これから部活なんだよ。あー、テメェはお仕事で忙しいからそれどころじゃないんだっけか? ご苦労なことで」
「ああ、……そういやバスケ部に入ったって聞いたけど。……どうせそれでオレを出し抜こうとか考えてるんでしょ? そんなの無理に決まってんのに」

 バカなやつ。鼻で笑って、背中に罵声を受けながら颯爽とその場を後にした。
 これは今のところ誰にも知られていない話だが、オレとショウゴは正真正銘、血の繋がった双子の兄弟である。訳あって今は別姓を名乗っているし、あいつの方は親元を離れて一人で暮らしていたりするから、そう簡単に察しはつかないだろうが。
 むしろそれでオレはせいせいしていた。あんなどうしようもない社会のゴミがオレの弟だなんてあまり自覚したくもない話だ。考えてみれば顔やら体格やらが似ているだけで、互いの人間性はまったくかけ離れているのだから、本当に双子なのかどうか疑いたくもなってしまう。オレとあいつでは物の考え方もだいぶ違っていて、まあ才能のある人間とそうでない人間とではそれも仕方がないことだろうと、そのことについてはもはや諦めもついているのだけれど。
 それに、別々に暮らしている今、学校でもあまり顔を合わせることはないし、必然的に口を利くことも少ない。違うクラスのくせによく話している、などと周りに思われても面倒だ。たまに見かけるとちょっかいをかけてやりたくなる、ただそれだけ。
 ……つーか、よりによってバスケ部とか。帝光中バスケ部っていったら名門中の名門で、よくもまあ、ショウゴみたいな出来損ないが入れたもんだと。風の噂によれば、一年でレギュラー入りを果たしたとか何とか、出鱈目にもほどがあるようなデマが耳に入ってきたりもして、正直不愉快でならなかった。
 昔から、あいつは何一つとしてオレに勝てるものを持っていなかった。勝者はいつもオレで、あいつが欲しくてたまらないものを得意気に横から奪い取っていくのが心地よくて仕方がなかった。ただ、ショウゴのやつも妙にプライドが高いおかげで、決して己の敗北を認めようとはしなかったし、オレの軍門に下ろうともしなかった。
 本当にバカなやつだ。そうすることでどんどん自分が追い詰められていっていることに気付きもしないで。その結果、今のこの状況があるわけなんだけど。

「……あれ、あの子」

 長い廊下を歩いていき、ちょうど階段のあたりまで差しかかったところで不意に後ろを振り返る。いまだに憤慨しているのか、息を荒げて肩を上下させているショウゴの隣に、彼を落ち着けるよう宥める見慣れない女子の姿があった。
 あいつに彼女くらいいたって、何も疑問に思うことなどない。だってあんな贋作でも、幸いなことに顔だけはオレと同じだ。放っていても女が寄ってくるのは抗いようのない真理である。この距離からでは顔もよく見えないが、特別可愛いというわけではないだろうし、何よりオレ好みじゃあない。
 そもそも女なんてやつはあくまで男の外面しか目にない浅ましい生き物だ。当然、抱かれた直後に捨てられたって文句は言えない立場にある。というのはオレの持論でしかないが、まあ、オレにとっては所詮その程度の価値しかない、バカ女ばかりだ。それでもいいって言い寄ってくるやつがいるくらいだから世も末だと思うし、律儀に相手をしてやってるオレもオレだとは思う。
 何はともあれ、ショウゴの彼女になんてこれっぽっちも心が揺らいだりはしないし、むしろ心底どうでもいいと考えているくらいで、すなわちこれは、ほんのちょっとした興味心なのだ。視線の先の女の姿に目を凝らし、薄く笑みをこぼす。どうせ決まりきった未来予想図を頭の隅に思い描きながら、先の展開の読める恋愛ドラマほど退屈なものはないと。





 求めれば欲しいものは何でも手に入った。いや、求めずともあちら側からオレの手に渡るよう、世界がそう仕向けていた。言い訳をすれば、求めてもいないのに勝手に手の中へ入り込んできたあちらが悪いと、少なくともオレはそう考えている。だからこれは不可抗力だった。どう考えても致し方ないことだったのだ。
 ……というのは、オレの本心ではない。ショウゴの彼女を名乗る女を誘い出すことに成功したオレは、あの後二人で街へと繰り出し、そうして。結論から言ってしまえば、あの女がショウゴに捧げるはずだった尊いモノはオレが呆気なく奪ってしまったのだが、それもすべて合意の上での行為であったのだから、どうしようもない。
 甘い声を出して擦り寄ってくる女はどう見たって気持ち悪かったし、吐き気すら催したけれど、ああ、やっぱりこいつも同じか、オレが確信するだけの判断材料くらいにはなってくれたようだったので、それ以上は言及しなかった。別に欲しくも何ともなかったものが簡単に堕ちていったありのままの過程を前にして、オレは感慨に耽ることもない。
 それはオレにとっての日常であり、常識だ。みんなそう。どいつもこいつもクソ女ばかり、性欲処理に使われるくらいの価値しかない。それに、あっちがそれで悦んでるド変態のビッチ女だとしたら、尚更オレは悪くない。手を差し出したのはオレの方でも、それを掴んだ方が圧倒的に悪であることは明確だ。

「ふざけんなよ、リョータぁ……!」
「……い、ってーな……モデルの顔殴るとか、今までどんな教育受けてきたんスか……って、同じ親から生まれたくせにこんなこと言うべきじゃないか」
「うるせえ! 人の女奪って、よくもオレの前にツラ出せたもんだな? あ?」
「……奪ってねーよ。つーかあの女、貞操観念低すぎ。ありゃ男なら誰でもよかったって感じだね。別れて正解、」
「黙れ、……このクソッタレが!」

 ばき、骨の折れたような鈍い音が響いてオレは思わず眉を顰める。暴力に訴えれば何でも解決すると思ってるこいつの野蛮なところが、一番嫌いだ。一生かかっても勝てないから僻んでんのか知らないけど、こっちとしては迷惑も甚だしい。
 一応顔を売りにして仕事してるオレとしては、傷をつけられるのがほんとに辛いっていうか、これ、商売道具だから。そこんとこショウゴみたいなのには理解できないだろうけど。ああ、マジでムカつく。可哀想だから正直なことは言わないで黙っててやろうと思ったけど、やっぱ無理だ。
 殴られた頬を擦って起き上がり、はあ、溜息を吐く。オレを睨みつけるオレと瓜二つの男の顔は怒りで判別もつかないほどにひどく歪んでいたが、それをもっと歪ませてみたいと、そう一瞬でも思ってしまったのは、きっと。こいつの所有物を奪う瞬間が一番、気持ちがいいからに違いない。

「思い知らせてやりたかったんスよ。凡人が天才に勝てる可能性なんざ万に一つもないって残酷な現実を」
「……黙れ、つったのが聞こえなかったのかよ」
「だって、見た目が同じならあとは中身で決めるしかないでしょ? お前みたいなゴミクズ野郎とオレじゃあ最初から比べもんになんねーんだよ」
「おいリョータ……テメェ、病院送りにされてーのか? そろそろそのおしゃべりな口を閉じやがれ、ぶっ殺されたくなかったら……」
「断言してもいい。……ショウゴ、お前じゃオレには勝てない」

 突き放すように口から飛び出た言葉は眼球を血走らせながら悔しそうに唇を噛みしめる弟の傷を、確かに抉ったのだと思う。案の定、それきりショウゴは何も言い返すこともできず、ただ声にならない声を時折喉の奥から絞り出しては、膝をついて床を殴りつけることしかしなかった。
 バカだな。わかってるくせに。言われるまで認めようとしないそういう頑固なところ、嫌いじゃないけど。ただショウゴには、この十数年間、その事実を痛いほど突きつけられてきたという、掘り起こしたくもない過去の経験がある。どうせ何をしたって、どう足掻いたって、贋物のこいつが本物のオレを上回ることなんてできるはずがない。
 だから、自分の立場も弁えずに我が物顔で闊歩しているこいつをオレはどうしても許すことができなかった。別々になったからといって、オレたちの身体には切っても切れない血の繋がりという永遠の呪いが刻まれているのだから。少なくともオレの目の届くうちは、お前を野放しになんてしておけないんだよ。

「そんな顔しないの。奪われたら奪い返せば何も問題ないじゃないっスかぁ」
「テメェ自身が許さねえくせに……ゲス野郎」
「ああ、そういうこと言っちゃう? ま、ほんとのことだから別にいいけど。……ねえ、ショウゴ君。バスケ、楽しい?」
「……おい、リョータ、お前」
「お前の好きなもんなら、きっとオレも好きになれると思うんだ。だって、そうなるようにできてるんだから」

 さて、次は何を奪ってやろう?



(120712)





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