近くて遠い | ナノ




 部活を終えた学校の帰り道、何となく彼のことが気になって、家とは反対方向へ足を向けた。いや、何となく、という言葉には語弊がある。何を隠そう、今日は彼の誕生日なのだから、他でもないオレがその一大イベントを意識しないはずはなかった。
 別に忘れていたわけではない。むしろ今日のことは一年以上前から、つまり去年の今日からずっと頭の片隅にあったわけで、祝う気がさらさらなかったというわけでは、まったく。ただ、あの頃は毎日のように顔を突き合わせていた彼と、格段に会う機会が減ったことにより、オレは自分に自信を持てなくなっていたのかもしれない。中学を卒業したオレたちは別々の高校へと進学した今も、一応、恋人としての付き合いをしているんだと、思う。今のところ別れを告げられるようなこともないし、メールだって一日に一回はしているから、とりあえずは特に心配もしていない。
 ……と、言うのはきっと嘘だ。用事もないのに電話をして、昔と変わらない声色を聞くだけで安心できるほど、オレは良くできた人間ではない。実際に会って顔を見てその身体に触れるまで、彼という存在を実感することなどできないのだから。とはいえ、今さら会いに行く勇気もない。誕生日くらいは直接、面と向かっておめでとうの一言も言ってやりたいところだけれど。
 そんなことを考えながら、電車に乗って、バスに揺られて、いつの間にか彼の通う学校の前に辿り着いた頃には、もうすっかり陽も沈みきっていた。普通に考えてみれば、練習はもうとっくに終わっているはずだし、真面目な彼のことだ、帰って明日の予習でもしていることだろう。こんな時間まで居残っているわけもない。何をしてるんだ、オレは。こんなことならあらかじめ連絡でも入れておけば、まだ顔を見ることくらいはできたはずだろうに。一時間前の自分の愚行に溜息を吐きながら、考える。
 なんて、弱い。心の底ではいつだって会いたいと願っているはずなのに、こんなときにすら言い訳して逃げ道を作っている。嫌われるのが怖いなら自分から別れを切り出せばいいのに、それすらできない。だって、オレはまだ緑間っちのことが好きだ。オレといない間に何をしているのか、誰と話しているのか、そんなことを延々と考えてバスケに集中できないくらいには、たぶん。

「……黄瀬、か?」
「……え、……! 緑間っち! な、何でここにいるんスか!」
「一度は帰宅したのだが、明日までに終わらせなければならない課題を忘れてきたことに気付いて戻ってきたのだよ。……やはり今日の運勢は最悪だ」

 機嫌が悪いのか、思いきり眉間に皺を寄せて息を吐き出すのは、間違いなくオレの探し求めていた彼本人だ。確かに、今日のおは朝では蟹座が最下位だった。せっかくの誕生日なのにさぞ残念がっているだろうと、それでもラッキーアイテムを片手にしぶしぶ登校する緑間っちの姿が容易に想像できたのを覚えている。でも、そのおかげで今こうして彼に会うことができたのだとしたら、感謝しなくてはならない。だいぶ皮肉めいているけれど。
 くすり、ついおかしくなって微笑をこぼせば、癇に障ったのか、強烈な視線で睨まれた。美人なだけあって、冷たくされるとかなりダメージが大きい。心臓にぐさりと、鋭い刃物を刺されたような感じ。でもオレ相手には多少表情にも柔らかさがあったりして、愛されてるなあ、とか、思わず自意識過剰にもなってしまう。

「……で。お前はここで何をしていたのだよ。まさか道に迷ったわけではなかろう」
「そういう天然なとこも相変わらずっスねー……いや、なんつーか。……今日、緑間っちの誕生日じゃないスか。せっかくだし、会いたいなぁと」
「……、……覚えていたのか」
「当たり前でしょ? フツー、恋人の誕生日とか忘れないって」

 つーかそういうの当たり前だし、忘れるとか有り得ないし、オレ的には。ぶつぶつと独り言を呟きつつ、そっと視線を投げてみると、そこにはぽかんと口を開け、放心状態で立ち尽くす緑間っちがいた。彼らしからぬ間抜けな顔で、本当に面食らったようで。
 いや、オレなんか今おかしいこと言ったかな、なんて、咄嗟に数分前の自分の発言を思い返してみたりして。特におかしなことは言ってないよなぁと、一人で頷いて納得する。やっぱり急に、予告もなしに会いにこられたことが迷惑だったんだろうか。考えてみれば緑間っちには緑間っちの都合というものがあるわけで、悔しいけど、もしかしたら高校の友達と遊ぶ予定とか、あったかもしれないし。確か高尾君、だっけ。同じバスケ部の一年コンビで、今じゃこんな変人の緑間っちといい関係を築いてるとか何とか。……何だ、オレなんかいなくても上手くやってるんじゃん、自分で言って悲しくなって、それで。

「違う違う、感傷に浸りたいわけじゃなくて」
「さっきから何を一人で騒いだり落ち込んだりしているのだよ」
「あー……だから、その……、……今から、空いてる?」
「……は?」
「今日くらいオレに時間ちょうだいって言ってんの。……いつも会えてないぶん、緑間っちのこと、補給したい」

 我ながら馬鹿なことを言ったと、直後に後悔したくらい、恥ずかしくてたまらなかった。でも、今この瞬間に言わないと、もうこの先言うこともなくただ時間だけが過ぎていくんじゃないかと思って、それだったらどんな恥かいてもここで言うべきだって。さすがに目を見て言うのは無理だったから、顔を背けて、つい羞恥心を消し去るくらいの大声で叫んでやった。もし周りに人がいたとしたら、振り返って何事かと注目を集めてしまうくらいの。たぶん今、オレの顔、赤いんだろうなぁ。
 何やってんだ、がりがりと頭を掻きながら沈黙の時間に堪える。せめて何か言ってくれないと、オレの立場ってもんがないってのに。そろりそろりと様子を窺いながら、少し視線の高さを上げて緑間っちの方へと顔を向ける。そこにはきっと、オレと同じくらい、いや、それ以上に頬を赤らめた彼の姿があって、オレが思わず息を呑んだのも仕方のないことだった。

「えー、っと……そんなに照れられるとオレも困る、んスけど」
「て、れてなどいないのだよ……! お前が変なことを言ったせいで調子が狂っただけなのであって、オレは」
「じゃあ、オレのせいでもいいから。……ん」
「……、黄瀬のくせに……ふざけているのだよ……」
「……はいはい。ほんと、素直じゃないっスね。……そんなとこも好きだけど」
「もうお前は黙っていろ……っ」

 差し出されたオレの掌をそのまま引きちぎるかのように強く掴んで、ずんずんと宛てもなく先を歩いていく緑間っちの横顔は相変わらず厳しかったけど、それを上回る羞恥心が表情にまで滲み出ている始末で、嘘をつくのが苦手なところは昔のままだと、少しだけ安心した。
 電車に一時間も揺られれば会いにいくことは案外簡単なもので、でも実際そうは言ってみても、互いの都合を考えれば上手くいかないことが多いのであって。オレはこんなにも緑間っちに会いたい気持ちでいっぱいだけど、彼の方はそうは思ってないかもしれないし、そこまで確かめる勇気もないし。だから、感情がすぐ表に出てしまう彼の表情を盗み見てしまうのも、たとえ卑怯だって言われたとしたってやめられないのだ。それに存外、オレという人間は打算的であったりもする。少なくとも緑間っちが思っている以上は、きっと。握られた手をそっと握り返して、うれしくなって思わず一人で笑ってみたら、やっぱり頭を引っ叩かれたけど、それも心地いいと思えるくらいには彼のことが好きだ。
 ちょっと久々に顔を合わせられたからってこんなに落ち着かないなら、むしろこのくらい離れてた方がちょうどいいのかもしれない、とか。オレばっかり好きなのも悔しいから、たまには緑間っちの方からお誘いとかしてくれたりしないかな、とか。
 考えることはいろいろあるけど、まずは出遅れたお詫びを一つ。少し力を込めて手を引き、つられて足を止めた彼の前に立って、空気を読んで屈むこともしてくれないその仏頂面を強引に引き寄せる。小さく音を立てて触れた唇に、緑間っちがわなわなと肩を震わせたのは言うまでもない。



(120710)
真ちゃんハッピーバースデー!





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